「自分のお金なのに使えない」口座を握られて変わった日常
隆三さんがはっきりおかしいと感じたのは、ある日の買い物でした。長く使っていた腕時計が壊れ、近所の店で新しいものを買おうとしたのです。高額なものではなく、2万円ほどの品でした。
しかし財布に現金はほとんど入っておらず、カードもありません。正樹さんに電話をすると、こう言われたといいます。
「そんなもの、今いらないでしょ。必要ならこっちで考えるから」
その言葉に、隆三さんは言い返せませんでした。
「自分のお金なのに、使っていいかどうかを息子に聞かなきゃいけないんだと思って……」
その後も同じようなことが続きました。友人との会食に行きたいと言えば「無駄遣いだ」と言われ、親戚への香典を包みたいと言えば「金額をこっちで決める」と止められる。預金を守っているように見えて、隆三さんの日常の選択は少しずつ息子に握られていきました。
「お金がなくなったわけではありません。でも、使えなくなったんです」
さらに不安になったのは、口座の残高や入出金の内容を見せてもらえなくなったことでした。正樹さんに尋ねても、「心配しなくていい」「全部管理している」と言われるだけ。賃料収入がどの口座に入り、何に使われているのかも、隆三さん自身には分からなくなっていました。
消費者庁『令和7年版 消費者白書』によると、高齢者の消費生活相談件数は2024年に29.8万件で、高齢者の相談割合は近年3割程度で推移しています。また、認知症等の高齢者本人はトラブルに遭っているという認識が低く、問題が顕在化しにくい傾向があるとされています。家族間の財産管理でも、本人が不安を感じても表に出しにくいことがあります。
隆三さんは、近所に住む妹に相談しました。妹はすぐに「それはおかしい」と言い、地域包括支援センターと司法書士への相談を勧めました。
「家族のことを外に話すのは恥ずかしいと思いました。でも、このままでは自分の生活が自分のものではなくなる気がしたんです」
相談を進めるなかで、任意後見制度や財産管理委任契約といった方法も知りました。家族に任せるにしても、内容や範囲を明確にし、第三者の目を入れる選択肢があることを初めて理解したといいます。
大きく何かが一気に解決したわけではありません。正樹さんとの関係がすぐに元通りになったわけでも、すべての管理が整理されたわけでもありません。それでも、隆三さんは「相談してよかった」と振り返ります。
「息子を疑いたかったわけではありません。ただ、自分のお金で自分の暮らしを決められないのは違うと思いました」
今後は、預金や支払いの管理について内容と範囲を見直し、通帳や口座の状況は自身でも確認できる形に整えていく考えです。必要に応じて第三者を介した契約の活用も検討しながら、任せきりにしない関わり方に変えていくといいます。
穏やかだった日常を取り戻すための調整は、まだ続いています。
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