「もう夕飯のことを考えたくない」45年続いた暮らし
久美子さん(仮名・67歳)は、夫の和夫さん(仮名・70歳)と45年連れ添ってきました。結婚後は専業主婦として家庭を支え、子ども2人を育て上げました。
「朝起きたら朝食、昼になれば昼食、夕方には夕飯。何十年も、ずっと誰かの食事のことを考えてきました」
夫は数年前に定年退職。家にいる時間が増えるにつれ、久美子さんの負担感は強まっていきました。
「夫は悪い人ではないんです。ただ、“今日の昼は何?”“夜は魚がいいな”と、当然のように言うんです」
若いころは、それを自分の役割だと思っていました。けれど子育てが終わり、夫も仕事を離れたあとまで、同じ生活が続くことに、久美子さんは息苦しさを感じるようになりました。
「私はいつまで、この人のご飯のことを考え続けるんだろうと思ってしまって」
ある日、夕方のスーパーで献立を考えながら立ち尽くしていたとき、ふと涙が出たといいます。
「もう無理だと思いました。毎日の献立から解放されたい。それだけだったんです」
久美子さんの年金は月9万円ほど。就労経験がほとんどなく、夫の年金と合わせて暮らしてきました。総務省『家計調査(2025年)』によると、高齢単身無職世帯の可処分所得は月約11.8万円、消費支出は月約14.8万円です。年金月9万円で一人暮らしをするには、かなり厳しい水準です。
それでも久美子さんは、夫に別居を切り出しました。
「離婚したいわけではない。ただ、少し離れて暮らしたい」
和夫さんは最初、意味が分からないという表情をしていたそうです。
「俺が何をしたんだ」と聞かれ、久美子さんはうまく説明できませんでした。
「何かひとつの出来事ではないんです。毎日少しずつ積み重なったものだったので」
