M&A後に役員責任が問題となるワケ
中小企業のM&Aでは、M&Aにより経営権が移転した後も、旧経営者の過去の行為が問題となり、M&A前の会社法上の役員責任を追及される場面があります。売主としては、M&Aにより会社との関係は終了したと認識していることが多いものの、在任中の業務執行に関する役員責任が当然に消滅するわけではありません。
特に、M&A後には、買主が会社の経理資料や契約関係を精査する過程で、M&A前は問題視されていなかった意思決定や会計処理が不適切であったと評価されることがあります。中小企業では、経営判断や処理が形式的に整理されていない場合も多く、後から問題と評価され得る行為が潜在していることも少なくありません。
この点は、売主社長の公私混同や関係会社取引の問題とも密接に関連します。すなわち、M&A後にこれらの不適切支出や利益移転が発覚した場合、それは「会社に損害を与えた行為」として再評価され、役員責任の問題へと転化する構造を有しています。
その結果、買主は対象会社を通じて、旧経営者に対する善管注意義務違反等に基づく役員責任追及を行うことになり、売主社長としては、「会社を売却したにもかかわらず、なお役員責任を問われるのか」という認識とのギャップがM&Aトラブルの出発点となります。
「表明保証違反」と「役員責任」の損害賠償請求が併存
二重請求型M&Aトラブルの特徴は、同一の事実関係について、表明保証違反と役員責任の双方に基づく損害賠償請求が併存することです。
例えば、公私混同により会社資金が流出していた場合や、関係会社取引により利益移転が行われていた場合、買主は株式譲渡契約書に基づく表明保証違反として売主社長に対する損害賠償請求を行うとともに、対象会社を通じて旧経営者個人に対する会社法上の責任追及を行うことがあります。
このような場合、売主社長としては同一の事実について二重に責任を問われることに対し強い不公平感を抱くことになりますが、法的には、契約責任と会社法上の責任はそれぞれ異なる保護法益と構造を有しており、併存し得るものとされています。
もっとも、表明保証に基づく損害が株式価値の毀損として評価されるのに対し、役員責任に基づく損害は会社自体の損害として評価されるなど、請求の対象および損害の性質が異なるため、これらを区別して検討することが重要となります。
表明保証責任と経営判断原則の関係
役員責任が問題となる場面では、旧経営者は、当該行為が合理的な経営判断の範囲内であったと主張し、責任を否定することがあります。
しかし、売主社長の公私混同や不透明な関係会社取引が問題となる場合には、そもそも会社の利益を目的とした意思決定であったのかが問われます。また、経営判断としての合理性以前に、利益相反的な行為であったかどうかが問題となることもあります。
また、M&A契約上の表明保証責任は、当該判断の合理性とは別の観点から評価されるため、合理的判断であったとしても責任が認められる可能性があります。他方で、表明保証違反が成立しない場合であっても、会社法上の善管注意義務違反が認められる余地はあります。
時効・期間制限の相違とM&Aトラブルの長期化
表明保証責任は契約により責任期間が制限されるのが通常ですが、会社法上の役員責任はこれとは異なる時効制度に従います。そのため、表明保証責任の期間満了後に、役員責任として請求がなされることもあります。
このような構造は、売主社長にとって想定外のリスクとなり、売主社長の過去の公私混同や不適切取引が後になって問題化することと相まって、M&Aトラブルの長期化を招く要因となります。
表明保証責任と役員責任の双方で請求された事例
ある中小企業のM&Aでは、M&A後の精査により、旧経営者による関係会社取引および一部私的支出が問題となりました。
買主は、これらの事実が表明保証に違反するとして損害賠償請求を行おうとしましたが、株式譲渡契約書にはそのような表明保証を売主社長の要請で削除していたため、損害賠償請求を断念していました。
しかし、買主としては「やはり納得いかない」ということで、専門の弁護士に相談したところ、「対象会社を通じて旧経営者である売主社長に対する善管注意義務違反に基づく責任追及を行うことで、損害賠償請求ができる」とアドバイスを受け、売主社長に対して損害賠償請求を行いました。
これに対し、旧経営者である売主社長は、「そのような表明保証違反の責任追及はしない約束だったではないか」と反論し、実質的に二重請求であるとの不当性も主張しました。
しかし、表明保証責任と役員責任は別個の法的構造に基づくものであり、意思決定過程や損害の範囲が個別に検討された結果、旧経営者である売主社長の責任が認められました。
まとめ
中小企業のM&Aでは、売主社長の公私混同や関係会社取引といった問題が、M&A後に役員責任として再構成され、表明保証責任と併存する形で二重請求型M&Aトラブルに発展することがあります。
これらは異なる法的構造に基づく責任であるため併存し得るのです。また、責任期間の相違により、売主にとって予期しない形で長期間の責任追及がされる可能性もあります。
そのため、M&Aの売主においては、契約上の表明保証責任のみならず、会社法上の役員責任まで視野に入れたリスク管理を行うことが、実務上重要となります。反対に、M&Aの買主としては、株式譲渡契約書に基づく表明保証違反による損害賠償請求が使えなかったとしても、直ちに諦める必要はなく、会社法上の役員責任追及を使うことで損害の回復を図る手法が有用になります。
弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士
土屋 勝裕
