国民の多くが切望する「賃上げ」。その実現に向けて、政府は「賃上げ促進税制」という切り札を用意しました。これは、従業員の給与を増やした企業の税負担を軽減することで、経済全体の好循環を生み出そうというものです。しかし、この制度が意図通りに機能せず、むしろ経済の歪みや格差を助長しているとしたらどうでしょうか。本記事では、会計検査院や大学の研究結果に基づき、この「賃上げ促進税制」と、その背後にある約9.5兆円規模の「租税特別措置」に隠された5つの驚くべき事実を明らかにします。私たちの税金は、本当に国民のために使われているのでしょうか。その実態について公認会計士の岸田康雄氏が解説します。
1.支出の200倍が返ってくる「錬金術」ーー会計検査院も指摘する制度の歪み
賃上げ促進税制には、専門家ですら首を傾げる構造的欠陥があります。会計検査院は2025年1月に公表された報告書で、「教育訓練費の上乗せ措置」の異常な実態を指摘しています。
問題は、税優遇の「きっかけ」となる支出額と、控除される税額の規模が釣り合っていない点にあります。税額控除は、支出した教育訓練費ではなく、「給与の増加額全体」を基準に計算されます。
その結果、ある企業は教育訓練費をわずか5万円増やしただけで、約1,058万円もの税額控除を受けていました。支出額の200倍以上が税金から差し引かれるという異常な仕組みです。
本来の趣旨を逸脱し、一部の抜け目のある企業だけが巨額の利益を得る「錬金術」と化しており、公平な課税原則から大きく逸脱しているといえます。
2.賃金は増えても、生産性は上がらないーー目的を見失った税制
賃上げ税制の本来の目的は、単に給与を増やすことではなく、企業の生産性を高め、経済全体の活力を生み出すことです。
しかし、一橋大学などの研究グループの分析では、税制を利用した企業は給与総額や従業員数は増えても、労働生産性やROA(総資産利益率)、キャッシュフローなどの経営指標は改善していませんでした。
つまり、多くの企業は税金優遇を受けるためだけに、形式的に賃上げや雇用拡大を行っている可能性があります。本来であれば市場から退出すべき生産性の低い企業が、この制度によって延命されているのです。
公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年度経済産業省中小企業庁「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。中央青山監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント営業部、みずほ証券投資銀行部M&Aアドバイザリーグループ、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部不動産投資グループなどに在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継とM&A実務を遂行した。現在は、相続税申告と相続・事業承継コンサルティング業務を提供している。
WEBサイト https://kinyu-chukai.com/
著者登壇セミナー:https://kamehameha.jp/speakerslist?speakersid=142
著者プロフィール詳細
連載記事一覧
連載ベテラン公認会計士が話題のお金に関するワードを解説!