「ちょっとお金が厳しくて」から始まった、終わりなき同居
正雄さんが「美穂、そろそろ帰らないのか。明日には、もう始業式だろう」と尋ねると、美穂さんはしばらく黙ったあと、小さな声でこういいました。
「……実は、マンションの家賃が払えなくなって。もう引き払ってきた。この近くの小学校への転入手続きは済ませてきたの」
正雄さんも和子さんも、その場で言葉を失いました。
美穂さんは3年前に離婚しています。心配していた正雄さんらはたびたび電話で近況を聞いていましたが、美穂さんは「大丈夫、なんとかやっている」と繰り返すばかり。経済状況の詳しい話は避けていました。ふたを開けてみれば、元夫からの養育費は月3万円。美穂さん自身はパート勤めで手取りが月12万円ほどでしたが、都内の1DKマンションの家賃7万5,000円に食費、学童保育費、通信費などを合わせると、毎月赤字が膨らんでいたのです。クレジットカードのリボ払い残高は約80万円に達していました。
「お父さん、お母さん、しばらくここに置いてほしい。娘のこともあるし、立て直すまでだけだから」
こう頭を下げる娘を、正雄さんも和子さんも追い返すことはできませんでした。
現在、日本では「実家依存」という現象が静かに広がっています。厚生労働省の令和3年度全国ひとり親世帯等調査によれば、母子世帯のうち親と同居している割合は約3割以上にのぼり、離婚や経済的困窮をきっかけに実家へ戻るケースは決して珍しくありません。一方、令和5年総務省の家計調査によれば、65歳以上の夫婦のみ無職世帯における実収入は、月額約25万円前後。税や社会保険料を差し引いた可処分所得は約21万円から23万円程度です。吉田夫妻の年金月額24万円は、まさにこの平均的な実収入のラインに位置しています。
ファイナンシャルプランナーとして申し上げるならば、月24万円の年金収入で夫婦二人が暮らす場合の収支はほぼ均衡しますが、ここに現役世代の大人一人と子ども一人が加わると、食費だけで月2万円から3万円の増加は避けられません。光熱費の上昇、消耗品の増加、さらに孫の学用品や被服費まで含めると、月あたりの支出増は6万円から8万円にのぼることも珍しくないのです。
吉田夫妻の場合、月3万円あった余剰分はたちまち消え、貯蓄を取り崩す月が続くようになりました。正雄さんの退職金は約1,800万円ありましたが、その大半を住宅ローンの繰上げ返済に充てたため、73歳の現在、手元に残った老後資金は約800万円。貯金が月に5万円ずつ減っていくのをみるたびに、和子さんは眠れない夜が増えたといいます。
「孫はかわいい。娘だって困っている。でも、このままでは私たちの老後が先になくなってしまう」
和子さんのこの言葉は、同じ状況に置かれた多くの高齢世帯の本音ではないでしょうか。

