あのとき、無理をしてでも買っておけばよかった
「正直、後悔しかありません。あのとき、勇気を出してハンコを押していれば、今ごろ自分たちの家で暮らせていたはずなんです」
地方都市の賃貸マンションに暮らす会社員の高嶺さん(仮名・36歳)は、パソコンの画面に映る不動産情報サイトを見ながら悔しさをにじませます。
高嶺さんは、専業主婦の妻と小学生、幼稚園児の2人の子どもを持つ4人家族。世帯年収は550万円です。決して贅沢はできませんが、地方都市であれば十分にマイホームが持てる水準だと考えていました。
実は3年前、高嶺さんは一度真剣に住宅購入を検討したことがあります。当時、近所の新築分譲住宅は2,800万円前後で販売されていました。しかし、当時はまだ下の子が生まれたばかりで、妻も「もう少し手元に現金を残しておきたい」と慎重でした。高嶺さん自身も、あと200万円ほど頭金を貯めてからのほうが、月々の返済が楽になると考え、購入を見送ったのです。
そして現在、満を持して再び物件探しを始めた高嶺さん夫婦を待っていたのは、信じがたい現実でした。
3年前と同じエリアで、価格は1,000万円アップ
「チラシを見て目を疑いました。3年前に2,800万円だったのと同じような条件の家が、今は3,800万円になっているんです。1,000万円も値上がりしているなんて、嘘だろって……」
資材価格の高騰や人件費の上昇、さらには地価の値上がりが重なり、新築住宅の価格は高嶺さんの想像をはるかに超えていました。
3,800万円のローンを組もうと試算すると、月々の返済は11万円を超えます。今の家賃8万円でも生活はギリギリなのに、さらに3万円以上の負担増は不可能です。
「新築が無理なら中古で」と条件を下げて探しましたが、新築につられて中古物件の価格も上昇しており、築20年以上の物件でも3,000万円近い値札がついています。これにリフォーム費用を加えれば、結局は新築と変わらない金額になってしまいます。
不動産会社の担当者に相談しても、「今はどこもこの相場ですからね。少し郊外へエリアを広げませんか」といわれるばかり。しかし、子どもの転校を伴うような遠距離への引っ越しは避けたいのが本音です。
夢を諦め、賃貸で生きることを選択
夫婦で何度も話し合いました。妻がパートに出て収入を増やすことも考えましたが、まだ下の子に手がかかるため、フルタイムで働くのは現実的ではありません。
無理をしてローンを組み、教育費や老後資金が足りなくなるリスクを冒すのか。それとも、マイホームという夢をきれいさっぱり諦めるのか。
出した結論は、「購入断念」でした。
「頭金を貯めている間に、逃げ水のように家の値段が上がっていって、結局追いつけませんでした。一生賃貸で暮らすことへの不安はありますが、住宅ローンのために今の生活が破綻しては元も子もありませんから」
高嶺さんは今、子どもたちのために学習机を置くスペースをどう確保するか、狭い賃貸のなかで頭を悩ませています。
「普通のサラリーマンが普通に家を買う。そんな当たり前だと思っていたことが、いつの間にか高嶺の花になっていたんですね」
自分たちの努力だけではどうにもならない時代の変化を前に、高嶺さんは無力感を噛みしめていました。
マイホーム購入には「世帯年収772万円」が必要な時代
高嶺さんが直面した「普通の年収では家が買えない」という感覚は、決して個人の感想ではなく、客観的なデータによっても裏付けられています。
SMBCコンシューマーファイナンス株式会社の「婚活・結婚に関する意識・実態調査」によると、マイホームを購入した既婚者の世帯年収平均は「772万円」でした。高嶺さんの世帯年収550万円と比較すると、200万円以上の差があります。かつては年収400万〜500万円台でも購入可能な物件が多くありましたが、資材高騰やインフレの影響により、購入に必要な年収のハードルが劇的に上がっていることがわかります。
また、同調査では「結婚したときの個人年収」の平均についても、全体で481万円、男性で577万円という結果が出ています。つまり、結婚当初からある程度の高い収入がある層や、夫婦ともに正社員で働き続けるダブルインカム世帯でなければ、希望する条件のマイホームを手に入れるのが難しくなっているのです。
「頭金を貯めてから」という堅実な判断が、インフレ局面では裏目に出ることもあります。現在の市況と自身の収入を冷静に照らし合わせ、賃貸か購入か、あるいはエリアや物件種別を見直すのか、柔軟なライフプランの再設計が求められています。
[参考資料]
SMBCコンシューマーファイナンス「婚活・結婚に関する意識・実態調査」
