(※写真はイメージです/PIXTA)

令和4年度の厚生労働省『年金制度基礎調査(老齢年金受給者実態調査)』によれば、老齢基礎年金の受給開始年齢を65歳以降に繰り下げた人は全体の2.1%と少数派ではあるものの、制度の内容は知られてきています。繰下げ受給を選べば、1ヵ月あたり0.7%、最大で42%の増額が見込めるという仕組みは魅力的です。しかし、そこには数字だけでは見えない“現実”もあるようです。

「“繰下げすれば得だ”って、どこかで聞いたんです」

「月27万円って聞くと、贅沢できそうに思われるでしょう? でもね、なんか…虚しいんですよ」

 

そう語るのは、神奈川県在住の佐野幸一さん(仮名・74歳)。元中堅建設会社の営業部長で、65歳で定年退職した後は年金の受給を繰り下げ、74歳になった今年から年金を受け取り始めました。

 

「“繰下げすれば得だ”って、どこかで聞いたんです。息子にも“うちは遺産なんか期待してないよ”なんて笑われて、“自分のために増やしておこう”って」

 

佐野さんが受け取る年金は、老齢基礎年金と老齢厚生年金を合わせて月額約27万円。標準的なサラリーマンよりやや多めの金額です。しかしその背景には、年金を受け取らずに過ごした“9年間の空白”がありました。

 

「現役時代に2,000万円くらいは貯めていたんですよ。でも、繰下げ期間中はその貯金を崩すしかなかった」

 

65歳で受給を始めていれば、年間で約220万円。9年間なら約2,000万円分を“手元にしない”選択をしたことになります。

 

「“元を取れるのは81歳以降”と理解していました。とはいえ、医療費や物価の上昇が思ったより早くて、生活がきつく感じるようになったんです」

 

一般的な試算では、70歳まで繰り下げた場合の損益分岐はおおよそ80代前半とされています。

 

一時は目の手術や歯のインプラントも検討しましたが、医療費の負担を理由に先送りにしてきたといいます。

年金制度の仕組みと「繰下げの落とし穴」

年金の受給開始年齢は原則65歳ですが、最大75歳まで繰下げ可能で、1ヵ月ごとに0.7%増額されます。つまり、65歳→75歳に繰り下げると42%増になります。

 

一見お得に見えるこの制度。しかし、厚生労働省『年金制度基礎調査(老齢年金受給者実態調査)令和4年』によれば、繰下げ受給をした理由として、男性では「自分自身に十分な収入があったため」が30.2%で最多。これに「年金額が思っていたより少なく、増やしたかったため」(25.9%)、「終身で受け取れる年金額を増やしたかったため」(22.7%)が続いています。

 

一方、女性では「年金額が思っていたより少なく、増やしたかったため」が最も多く31.3%、「終身で受け取れる年金額を増やしたかったため」が30.1%、「自分に十分な収入があったため」は13.9%でした。

 

繰下げ受給は、男女ともに“長く受け取る前提で年金額を増やしたい”という意識の表れといえますが、「生活のゆとりがあるから繰り下げられる」という側面も見逃せません。

 

「“繰り下げた分、長生きしないと損”って言うでしょ。でも、健康の不安があると、毎年“この1年は持つか”なんて考えがよぎるようになるんですよ」

 

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