行政法規に違反する法律行為の効力
前回からの続きです。
本判決は、建築法規に違反する建物の建築を目的とする請負契約が公序良俗違反に当たるとしてこれを無効とすべきことを明示的に判断した初めての最高裁判例とされている(判タ1363号49頁)。
一般に、行政法規に違反する法律行為の効力については、行政法規を強行法規(公の秩序に関する規定)と取締法規(行政上の取締りを目的とする法規)に区別し、強行法規に違反した場合には法律行為の効力を否定し、取締法規に違反した場合には規定の趣旨、違反行為の反倫理性の程度、違反行為を無効にすることによる一般取引への影響、当事者間の信義・公平等を検討して契約の有効・無効を決定するとされている(塩崎勉=安藤一郎編『新・裁判実務大系2建築関係訴訟法〔改訂版〕』111~112頁(青林書院、2009))。
建築工事関係の代表的な行政法規である建築基準法は、その目的を「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資すること」としている(同法1条)が、同法の各規定が全て強行法規に該当するものとは解されず、個別の規定ごとに強行法規と取締法規のいずれに該当するかを検討する必要があると思われる。
そして、前掲書119~120頁で紹介されているように、建築基準法に違反する建物を建築することを目的とする請負契約の有効性について「同法に定める制限の内容は、広範多岐にわたり、各規定が上記の公益保護上必ずしも同一の比重を有するとは限らないし、また具体的な建築物がこれら規定に違反する程度も区々にわたりうるから、特定の建物の建築等についての契約に建築基準法違反の瑕疵があるからといって、直ちに当該契約の効力を否定することはできないが、その違反の内容および程度のいかんによっては右契約そのものが強行法規ないし公序良俗に違反するものとして無効とされる」ことがある(東京高判昭53・10・12判時917号59頁)との見解は、基本的に妥当と解される。
なお、建築関係法規違反について、当該法規の保護目的、違反による違法性の程度のほかに、「違反状態の是正の余地」、「履行段階」、「当事者間の公平」などを勘案して有効性を論ずべきとする見解(松本克美=齋藤隆=小久保孝雄編『専門訴訟講座2建築訴訟』76頁(民事法研究会、2009))や、契約の履行状況や請求内容等の紛争の局面によって、一律に有効、無効を決定することが妥当な解決をもたらすとは限らないから、事案によって、例えば、注文者が建物の引渡しを受けてこれを使用する場合に、(契約は無効だとしても)注文者からの相当な代金請求は信義則上拒否できないことにする等の信義則による調整が必要であるとする見解(横浜弁護士会編『建築請負・建築瑕疵の法律実務』73~75頁(ぎょうせい、2004))もある。
本工事について公序良俗に反し無効である
本件の原審判決(前掲東京高判平22・8・30)は「当該請負契約が建築基準法に違反する程度(軽重)、内容、その契約締結に至る当事者の関与の形態(主体的か従属的か)、その契約に従った行為の悪質性、違法性の認識の有無(故意か過失か)などの事情を総合し、強い違法性を帯びると認められる場合には、当該請負契約は強行法規違反ないし公序良俗違反として私法上も無効とされるべきである。」として契約全て(本工事分及び追加変更工事分)を無効としたが、同判決は上記の東京高裁昭和53年10月12日判決が示した基準を前提に、当事者の関与形態等の主観的要素を付加した上で、より判断基準を具体化したものと解される。
本判決は、本件契約の目的及び一連の計画、当初の計画どおりに従って建築されていた場合の建物の違法の程度、Xの関与形態といった要素を勘案して本工事について公序良俗に反し無効であるとしており、基本的な判断基準として原審判決と異なるところはないと解されるが、追加工事については違法建築部分を是正する工事部分については公序良俗に反するものとはいえないとして結論として原審判決を破棄したものである。
なお、本件では、本工事の代金の大部分が既払であった点にも留意する必要があると思われる。
また、本件では、X、Y双方共に、本件契約が公序良俗違反により無効である旨の主張をしておらず、原審において裁判所がその趣旨を指摘して当事者双方に本訴・反訴の取下げを勧告したものの、Xが拒否したために原審判決に至っている点も注目される(この点、裁判所は、当事者が民法90条違反による契約の無効を主張しない場合でも、同条違反に該当する事実の陳述さえあれば、当該契約の有効・無効を判断できるとされている(最判昭36・4・27民集15巻4号901頁))。