安全に居住・利用できることが最低限の必要条件
前回の続きです。
1 建物請負工事完成の有無
建物建築請負契約が締結された場合、請負人の契約責任については、建物完成前は債務不履行責任(民415条)、建物完成後は債務不履行責任の特則である瑕疵担保責任(民634条)となる。そして、建物完成の時期については、「請負契約が当初予定された最終の工程まで一応終了し、建築された建物が社会通念上建物として完成しているかどうか、主要構造部分が約定どおり施工されているか」等を基準として判断される(東京地判平3・6・14判時1413号78頁)。なお、建物としての外観が一応整った建物であっても、契約の目的を達成することができないような重大な瑕疵がある場合には未完成であるとして契約解除を認めた裁判例(東京高判平3・10・21判時1412号109頁)もある。
建築物には安全に居住・利用できることが最低限の必要条件として要求されているのであるから、重大な構造欠陥等があれば、機能的にみて「建物」とは認められないというべきであって、仕事は完成していないと評価しうる(日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『欠陥住宅被害救済の手引〔全訂3版〕』23頁(民事法研究会、2008))。
本件においても、上記見解と同様に、本件請負契約に基づく工事の全工程を一応終了させたものと認めるのが相当であるとして、本件請負契約に基づく工事が未完成であること及び未完成を理由に本件請負契約を解除したとの原告Xの主張を退けている。
なお、民法改正案においては、注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき、若しくは、請負が仕事の完成前に解除されたときであっても、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなすと定め、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができるとされる。
相殺の意思表示と履行遅滞の時期
2 請負人の報酬請求権と注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権
⑴同時履行の抗弁と信義則
民法533条は、「双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない」と定め、同時履行の抗弁を認めている。この点、請負契約に基づく報酬請求権と、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権については、双務契約に基づく債務履行の関係ではないが、民法634条2項において同時履行の抗弁の規定を準用している。そのため、判例において、注文者は、瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等に鑑み信義則に反すると認められるときを除き、請負人から瑕疵の補修に代わる損害の賠償を受けるまでは、報酬全額の支払を拒むことができ、これについて履行遅滞の責任も負わないとされている(前掲最判平9・2・14)。
よって、たとえ請負契約の目的物に瑕疵がある場合においても、瑕疵の内容が契約の目的や仕事の目的物の性質等に照らして重要でなく、かつ、その修補に要する費用が修補によって生ずる利益と比較して過分であると認められる場合においては、必ずしも同時履行の抗弁が肯定されることにはならず、他の事情を考慮して、瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって報酬残債権全額との同時履行を主張することが信義則に反するとして否定されることもあり得ることになる。本件においては、注文者が瑕疵修補に代わる損害賠償請求権との同時履行の抗弁を主張することが信義則に反するとはされず、注文者が相殺の意思表示を行うまでは、同時履行の抗弁によって、請負人の報酬請求権について履行遅滞にはならないとされた。
⑵相殺の意思表示と履行遅滞の時期
民法506条1項前段は、「相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする」と定め、2項は「前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる」と定めている。そのため、請負人の報酬債権に対して、文者が瑕疵修補に代わる損害賠償債権と相殺する旨の意思表示をした場合、相殺の意思表示も相殺適状時である目的物引渡し時にさかのぼってその効力を生じ、そのときから報酬残債務について履行遅滞になると考えることもできる。しかし、前掲最判平9・7・15は、「注文者は、請負人に対する相殺後の報酬残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負うものと解するのが相当である。けだし、瑕疵修補に代わる損害賠償債権と報酬債権とは、民法634条2項により同時履行の関係に立つから、注文者は、請負人から瑕疵修補に代わる損害賠償債務の履行又はその提供を受けるまで、自己の報酬債務の全額について履行遅滞による責任を負わないと解されるところ(最高裁平成5年(オ)第1924号同9年2月14日第三小法廷判決・民集51巻2号登載予定)、注文者が瑕疵修補に代わる損害賠償債権を自働債権として請負人に対する報酬債務と相殺する旨の意思表示をしたことにより、注文者の損害賠償債権が相殺適状時にさかのぼって消滅したとしても、相殺の意思表示をするまで注文者がこれと同時履行の関係にある報酬債務の全額について履行遅滞による責任を負わなかったという効果に影響はないと解すべきだからである。」と判示し、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負うとし、本件においても同様の判断がなされている。