前回に引き続き、建築請負契約の一部解除の可否について見ていきましょう。本連載では、弁護士・犬塚 弘氏の編集(代表)、共著『建築紛争 判例ハンドブック』(青林書院)の中から一部を抜粋し、建築紛争の中でも「契約の有効性・仕事の完成」に関する重要判例(判決の内容、解説)を取り上げ、紛争予防と問題解決への実務指針を探ります。

基礎部分の工事と杭部分の工事は可分なのか?

前回の続きです。

1 請負契約の一部解除の可否

 

判例は、物等の工事未完成の間に注文者が請負人の債務不履行を理由に請負契約を解除する場合において、工事内容が可分であり、かつ当事者が既施工部分の給付を受けるについて利益を有するときは、特段の事情のない限り、同部分についての契約を解除することは許されない(最判昭56・2・17裁判集民132号129頁)としており、本判決も同判例を引用している。

 

問題は、一つの請負契約に含まれる基礎部分の工事と杭部分の工事、設計業務が可分といえるかどうかである。この点について、本判決は、基礎部分を解体した後、既存の杭の上に新たな基礎を施工することは可能であるという客観面を重視して、基礎部分の工事と杭部分の工事とは可分であるとした。技術的には、基礎部分と杭とは杭の上端部分で一体となっており、基礎を解体する場合に杭頭を損傷してしまう可能性がないとはいえないが、本判決は一体化した部分について慎重に解体することによって杭を損傷しないようにすることは可能であるとし、上記のような損傷の可能性があることをもって、直ちに、基礎部分の工事と杭部分の工事とは不可分であるということはできないとした。

 

また、本件のように請負工事が中途で解除され、基礎部分の解体を要する事態に至った場合、注文者としては本件建物を改めて建築する意思を失い、杭部分が土地に残っても意味がないという状況になる可能性も相当程度あり得るところであるが、本判決は、注文者側の主観的事情によって給付を受ける利益があるか否かの判断が変わると解するのは相当でないとしており、注文者にとってはやや厳しい内容と思われる。本判決が杭を全て抜くことに関する請負人の経済的損失の大きさに言及していることから、双方の負担のバランスを図った可能性もあるが、基礎部分と杭部分を可分とすることの妥当性については議論のあるところと思われる。

 

設計業務についても同様であり、本判決は、設計業務も施工業務とは可分であり、設計図書があれば別の業者に施工を依頼することが可能となる点で注文者には設計業務の成果物の給付を受けるについて利益があるとするが、本件のようなケースにおいて、注文者が設計図書を流用して改めて建物を建築することは必ずしも多くないと思われ(注文者は設計図書に問題があると主張し、本判決はその主張を排斥したが、これをもって注文者が裁判所のお墨付きを得たとして設計図書を流用するかは疑問である)、この点を理由とすることの可否については検討が必要であろう。

訴え提起後の調査費用についても判断

2 訴え提起後の建築士の調査費用相当額の損害賠償請求の可否

 

建築紛争において、専門家たる建築士の助力を要すること自体は相当であり、建築士の調査費用のうち合理的な範囲内のものについては相当因果関係のある損害として認めるとするのがほとんどの裁判例に共通する考え方であり、本判決もこれを前提としている。

 

本判決において特徴的なのは、訴え提起後の調査費用について判断している点である。本判決は、訴え提起後も相手方の主張に対応して専門家から一定の助力を要すること自体は否定し難いとしつつ、建築士の報酬の内訳などが明らかでなく、訴え提起前の業務に対する報酬と比較しても過大な請求である可能性が否定できないこと、訴え提起後に提出された数多くの意見書等はいずれも裁判所や被告がその提出を求めたものではなく、その内容には重複があったりするなど、客観的に見て本件の解決に必要不可欠なものではなく、これらの意見書に基づく主張が排斥されていること、相手方の主張に対する技術的な反論は訴え提起前の段階で相当程度準備しておくことが可能であったこと等の事情を挙げた上で、約3分の2相当額を相当因果関係ある損害として認めた。

 

建築士の調査や意見書作成のタイミング、報酬内訳等は紛争の経緯等により当然に異なるものであるが、本判決には上記のとおり、いかなる範囲の調査費用が認められるかの判断材料が多く示されており、訴え提起後に建築士に調査や意見書作成を依頼する機会は少なくないことから参考になるものと思われる。

 

3 住宅エコポイント相当額の損害賠償請求の可否

住宅エコポイント制度とは、一定の省エネ基準を満たす住宅を新築した場合に、1戸あたり30万ポイント(30万円に相当)を発行する制度であるところ、平成23年7月1日までに工事に着手した物件に限り、エコポイント発行の対象となる。

 

本判決は、Xらが本件請負契約を解除したのは平成23年11月のことであるところ、それ以前の段階では、Yに工事続行の意思があるかどうかは必ずしも明らかではないため、Xらとしては、業者を代えて新たに建築工事に着手することに踏み切れないとしてもやむを得ないとし、Xらにおいて、エコポイントの申請に間に合うよう本件土地上に新たな建物を建築する機会があったということはできず、Yが本件請負契約に基づき本件建物を完成させていれば、Xらは住宅エコポイントを取得することができたにもかかわらず、Yの責めに帰すべき事由によりこれを取得することができなかったものであるとして、住宅エコポイント相当額の損害賠償を認めた。

 

住宅エコポイントの損害賠償が問題となるケースが今後新たに生じる可能性は高いとはいえないが、この点について判断した裁判例は珍しく、意義があると考えられる。

建築紛争判例ハンドブック

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