「工事完成の有無」の判断基準とは?
1 工事完成の有無
⑴「工事の完成」の法的意義
特約のない限り、請負代金請求権は仕事の目的物の引渡しと同時履行の関係に立つ(民633条)ことから、請負代金の請求が認められるためには、目的物の引渡しの前提として請負契約の「仕事を完成すること」(民632条)が必要である。
一方、仕事が完成されてその目的物が引き渡された場合には、注文者は、瑕疵の修補と損害の賠償を請求することができる(民634条1項・2項)。
しかし、仕事の目的物に瑕疵がある場合、一般に、本来の債務に従った履行がなされたとはいえないことから、そもそも、仕事の目的物に瑕疵がある状態では、仕事が完成しているとはいえないのではないか、が問題となる。
⑵工事完成の有無の判断基準
工事が完成したか否かの判断基準について、裁判例(東京高判昭36・12・20高民集14巻10号730頁、判時295号28頁、判タ127号52頁)は、「工事が途中で廃せられ予定された最後の工程を終えない場合は工事の未完成に当るものでそれ自体は仕事の目的物のかしには該当せず、工事が予定された最後の工程まで一応終了し、ただそれが不完全なため補修を加えなければ完全なものとはならないという場合には仕事は完成したが仕事の目的物にかしがあるときに該当するものと解すべきである」とし、この基準は実務上通説となっている。
一方、工事の完成の有無に関しては、予定された工程が一応終了しているか否かだけでなく、建物の重要な部分に欠陥がないかどうかも判断基準となり得るとの指摘があり(後藤勇『請負に関する実務上の諸問題』20頁(判例タイムズ社,1994))、本判決も、予定表に沿って基礎工事、躯体工事、断熱工事、造作工事、内装工事等が施工されたことに加え、建物が住居として使用するに足りる十分な構造、設備等を有していること、検査済証が発行されたこと、本件建物の躯体、設備、内外装等に未完成と評価すべきほどの重大な問題があるとはうかがわれないこと等を考慮要素とし、本件工事で予定された工程は、遅くとも検査済証が発行された日までには一応終了しており、工事は同日までに完成したものと認定した。
工事の完成の有無に関し、予定された工程が一応終了しているか否かに加え、建物に重大な欠陥がないか否か等、他の要件を付加すべきか否かについては、判例は、建物に重大な瑕疵があるためにこれを建て替えざるを得ない場合にも瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求ができるとしており(最判平14・9・24裁判集民207号289頁、判時1801号77頁,判タ1106号85頁)、これは重大な瑕疵があっても工事が完成していることを前提としているのであるから、建物に重大な瑕疵があっても、最後の工程まで一応終了していれば、工事は完成していると解すべきとの指摘がなされている(小久保孝雄=徳岡由美子編『リーガル・プログレッシブ・シリーズ14建築訴訟』273頁(青林書院,2015))。この論点に関しては、工事が未完成の場合には、未完成部分に対応した契約の一部解除を認めた上で、出来高に相応した工事代金の支払義務を認めることになるから、請負代金から未完成部分を除いた代金を支払わせるのと、請負代金全額の支払義務を認めた上で瑕疵修補に代わる損害賠償額とを相殺するのとでは、結果において実質的にほとんど異ならず、仕事の完成の意義をどのように捉えるかはさほど重要な意味はないため、一応「仕事の完成」と一般に承認される程度の定義を提示すれば足り、厳格に解する必要はないとの指摘もなされているところであるが(園尾隆司「請負代金の支払要件となる『仕事の完成』の意義」判タ677号112頁)、実際の訴訟では、請負人からの請負代金請求に対し、注文者が仕事の完成を争うケースも多いことから、「仕事の完成」の意義を論ずる実益はなお少なくない。
「損害賠償請求権」と「請負代金請求権」の同時履行
2瑕疵修補に代わる損害賠償請求権と請負代金請求権との同時履行の可否
⑴瑕疵修補に代わる損害賠償請求権と請負代金請求権との同時履行
仕事の目的物に瑕疵があるとき、注文者は、瑕疵の修補、及び瑕疵の修補に代えて(又は瑕疵の修補とともに)損害賠償の請求をすることができ(瑕疵担保責任。民634条1項・2項)、請負人からの請負代金請求に対し、同損害賠償請求権との同時履行の抗弁を主張することができる(同2項)。また、同時履行の抗弁権の存在効果として、注文者は、同損害の賠償を受けるまでは、請負代金請求権につき履行遅滞による責任を負わない。
同時履行関係の認められる債権の範囲は請負代金債務の全額であるのか、対当額についてのみであるのかについて、判例(前掲最判平9・2・14)は、注文者は、瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等に鑑み信義則に反すると認められるときを除き、請負人から瑕疵の修補に代わる損害の賠償を受けるまでは、報酬全額の支払を拒むことができ、履行遅滞による責任も負わないとする。
⑵瑕疵修補に代わる損害賠償請求権と請負代金請求権との相殺の可否
自働債権に抗弁権が付着するときに相殺を許すと、相手方は理由なく抗弁権を奪われることになるから、かかる場合は相殺が債務の性質上許されないものとするのが原則である(民505条1項ただし書)。もっとも、請負代金請求権と目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権とは、相殺により清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明ならしめるものとして、対当額による相殺が認められる(最判昭53・9・21裁判集民125号85頁、判時907号54頁、判タ371号68頁)。そして、注文者は、瑕疵修補に代わる損害賠償請求権と請負代金債務との同時履行の抗弁権を有することから、相殺の遡及効(民506条2項)にかかわらず、相殺の意思表示をするまでは履行遅滞による責任は生じないと解すべきであり、注文者は、相殺後の報酬残債務については、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負う(最判平9・7・15民集51巻6号2581頁)。
⑶本判決
本判決は、上記各判例の示した判断に沿ったものであるが、瑕疵の程度が軽微であり、瑕疵補修に要する費用が請負代金全額及び未払請負代金に比して少額であることや、X、Y間の交渉経緯等に照らし、Yが瑕疵修補に代わる損害賠償債権をもって請負残代金債務と同時履行の抗弁権を主張することは信義則に反するとして、Yは相殺の意思表示をするより前であるXの指定した請負残代金の支払期限の翌日から遅滞による責任を負うものとした。
他に本判決と同旨の裁判例として、福岡高裁平成9年11月28日判決(判時1638号95頁,判タ985号197頁)がある。