本連載では、弁護士・犬塚 浩氏が編集代表を務めた書籍『建築紛争 判例ハンドブック』(青林書院)の中から一部を抜粋し、建築紛争の中でも「契約の有効性・仕事の完成」に関する重要判例を取り上げ、ご紹介していきます。

「工事は完成したのか」が争点に

【ケース】

「建物建築請負契約」における工事完成の有無
東京地裁平成22年2月19日判決(平成18年(ワ)第8346号)
判例タイムズ1358号130頁

 

【争点】

1 建物建築請負契約において、工事が完成したと認められるか

2 建物建築請負契約の注文者が瑕疵修補に代わる損害賠償債権をもって請負代金債権との同時履行を主張することが信義則に反するか

 

【判決の内容】

●事案の概要
本件は、平成17年4月6日、施主であるYから建物新築工事(以下「本件工事」という)を請け負ったXが、Yに対し、本件工事は遅くとも同年12月21日までに完成しているとして、請負契約に基づき請負残代金等の支払を求めたところ、Yが、①工事は未完成であり、建物も引き渡されていない、②工事には瑕疵があるから、Yの瑕疵修補に代わる損害賠償請求権とXの請負代金請求権とを対当額で相殺する、などと主張して争った事案である。

 

●判決要旨

 

1 工事完成の有無

 

本判決は、本件工事は、予定表に沿って、基礎工事、躯体工事、断熱工事、造作工事、内装工事等が施工されたこと、住居として使用するに足りる十分な躯体構造、設備、内外装等を備えていること、市の建築主事が、平成17年11月25日、本件建物の検査済証を発行していること、建築士作成に係る同年12月2日付の完成検査報告書においても、本件建物の躯体、設備、内外装等に本件工事が未完成であると評価すべきほどの重大な問題があることをうかがわせる記載がないことなどから、本件工事につき予定されていた工程は、同年11月25日までには一応終了しているというべきであり、本件工事は、遅くとも同日までに完成したと認められるとした上で、Yは本件建物に居住していることなどから、引渡しも認められるとして、Yには請負残代金の支払義務があるとした。

「信義則に反する」と判断された理由とは?

2 注文者が瑕疵修補に代わる損害賠償債権と請負代金債権との同時履行を主張することが信義則に反するか否か

 

請負人の報酬債権に対し注文者がこれと同時履行の関係にある目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺の意思表示をした場合、注文者は、請負人に対する相殺後の報酬残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負うものと解するのが相当であるが、瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等に鑑み、当該瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって報酬債権全額との同時履行を主張することが信義則に反するとして否定されることもあり得る(最判平9・2・14民集51巻2号337頁、判時1598号65頁、判タ936号196頁)とした上で、本件工事には50か所ほどの瑕疵があるが、その多くは建具やキッチン、内装・クロスの調整・補修が必要であるというものであり、その程度も軽微であって、補修費用(54万9436円)は、請負代金総額(1265万8691円)と比較すると約4パーセント、未払残代金(825万8691円)と比較しても約7パーセントにとどまること、Yは、既払の請負代金の一部について銀行からの借入金を返済せず、当該借入債務を連帯保証していたXにおいて連帯保証債務を履行するなど、実質的に請負代金を支払わないまま、本件建物に居住していること、Yは、本件請負代金の原資とするための融資手続にも合理的理由を明らかにしないまま予定の変更やキャンセルを繰り返すなど、協力する姿勢が何らうかがわれないこと等の諸事情を総合考慮すると、Yが本件工事の瑕疵修補に代わる損害賠償債権をもって請負代金債権との同時履行を主張することは、信義則に反すると判断した。

 

【後編に続く】

建築紛争判例ハンドブック

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