就任演説で滲み出た「4年後の選挙」に向けた意欲
1月20日、トランプ米新大統領が就任した。テレビなどで、就任式の模様をご覧になられた方も多いだろう。それに続く就任演説からは、劇的な勝利、いや奇跡的な勝利と言ってもいいかもしれない大統領選の勝利を収めたトランプ新大統領とその側近たちが意識しているのは、既に4年後の選挙ではないか、と感じたのは筆者だけだろうか? 就任式ひとつを取っても、観客動員人数をツイートして議論を自ら巻き起こすなど、その「人気」に奇妙なまで執着していること、すなわち、有権者の反応を異常なまでに気にしていることがうかがえる。
そして、就任直前に、米国大企業が生産設備を海外に移転しようとする投資を批判し、その再考を促し、米国内への投資を引き出して、「○○人の雇用を確保したぞ」と宣伝するさまは、非常に奇異に見える。奇跡の勝利の記憶のもと、再び4年後にも、当選を手繰り寄せたいと言う思惑が支配する政権になりはしないかとの危惧が脳裏をよぎるほどである。
保護主義政策が前面に出るのか?
大統領就任演説では「保護こそが偉大な繁栄と強さにつながる」と「保護主義者」のレッテルを貼られかねない踏み込んだ発言をしていた。また、「America First(米国第一主義)」をあらゆる局面で貫く方針であることを感じさせた。経済政策では、雇用改善を最優先すること、通商政策では、貿易や税制、移民に関するすべての決定は米国の労働者が恩恵を受けられることをもとになされるとした上で、米国は「米国製品を消費し、米国民を雇う」という2つのシンプルなルールに従うことを明言した。
選挙戦では、米国がイニシアティブを確保できる二国間貿易協定は推進すると言っており、通商破壊的な態度ではないというのが筆者の見立てであった。トランプ政権の現実的なアプローチは、一方的な貿易不均衡の解消に向けた政策の表明と、米国が縛られてしまうような枠組み(NAFTAやTPPが代表例)を嫌って距離を置き、二国間協定の枠組みにおける議論で米国の主導権を確保、米国内での生産や雇用が守られるような結果に落とし込むことであり、通商政策での交渉の落とし所は多いと予想してきた。政治的な立ち位置を問われかねない就任演説での、変節は回避したかったのか、本音で保護主義に走るのかは、未だ不明である。
今のところ、その枠組みから大きく外れているとは言えないものの、貿易赤字の目立つ輸出国相手には、保護主義的とも取れる攻撃的なメッセージを浴びせかけ、交渉の主導権を取る戦略に出てきたように見える。それが、就任後の「変節」なく、トランプ政権の「人気」を支えるものと考えているのであろう。
1月23日には、TPP離脱のための大統領令に署名し、米国内の製造拠点を海外に移転して、そこから米国内への輸入を望む企業に対しては、「国境税調整金(Border Tax Adjustment)」を課す方針を示した。議会共和党がまとめた案によると、米国への輸入品に対して一律20%の国境税調整金を課すという。一方で、米国からの輸出により得た利益については課税を免除し、米国内で上がった利益にのみ20%の法人税が掛けられるという。これは、実質的に20%の関税適用と同じである。さらに、「米国内の生産と雇用を守る」という意向に沿わない大企業への攻撃的な姿勢も同様である。こうした企業には、課税強化すると脅す。そして、意に沿う企業には減税や補助金をちらつかせる。そして、雇用を守ったぞと、アピールする。随分エキセントリックなことをやるものである。果たして、これが「米国内の生産と雇用を守る」という結果になるのであろうか?
製品価格が上昇するか、政府の財政支出が急増する?
前稿でも指摘したが、経済がグローバル化している中で、通商政策で真逆の保護主義的な政策を取ることの有効性には、甚だ疑問である。労働コストの米国内外格差は大きい。生産を米国外に移転することには、経済合理性がある。それに反してコスト高に目を瞑って米国内で製造を続けた場合、企業としては、例えばメキシコに行った場合の生産コストと比較した差額を、製品に上乗せして転嫁するか、補助金などによって補填されなくては、持続的な製造ができないと考えるだろう。すると、米国内の製品価格が上昇するか、米国政府の財政支出が急増することになる。米国の有権者・消費者から見ると、割安な海外製造製品を買えなくなるデメリットのみならず、米国民が製造業を国内に留めおくために、追加的な税負担を支払わされることにもなりかねない。つまり、保護主義的通商政策を取ると、やがては物価の上昇を通じて、消費者の生活は苦しくなりるのである。
これでは、トランプ大統領が最も気にする「人気」すなわち、支持率にはマイナスの影響が予想される。従って、トランプ政権は、通商政策では、保護主義は取れないし、仮に取れば、いずれ政策の変更を余儀なくされよう。