「父が働いていた様子を、見たことがありません」
東京都内で暮らす会社員の中村翔太さん(仮名・38歳)。年収は約350万円。生活に余裕があるとは言えませんが、NPO法人で社会課題の解決に取り組む今の仕事に、強いやりがいを感じているといいます。
「物心ついたときから、父は“家にいる人”でした。平日の昼間からゴルフ番組を観ていたり、夕方には近所の寿司屋にふらっと出かけたり…。会社に勤めていた時期は一度もなかったはずです」
翔太さんの父・弘さん(仮名・70歳)は、若い頃から不動産賃貸業を営んできました。都内の駅近にいくつかの賃貸マンションを所有しており、収入はすべて不労所得。資産総額は不動産と現金を合わせて「おそらく8億円ほど」といわれています。
「父は経済的にはすごく成功しているんだと思います。母も専業主婦で、毎年ハワイ旅行にも行っていました。僕も中高一貫の私立に通わせてもらって、塾通いや留学にも一切文句を言われたことはありません」
しかし翔太さんは、そんな“豊かすぎる環境”にどこか居心地の悪さを感じていたと振り返ります。
「“うちは金がある”と認識はしていたし、同級生の親からも“羨ましい”って言われる。でも僕自身は、父が“社会のどこで何をしている人なのか”説明できなかった。自慢できるというより、よく分からなかったんです」
大学卒業後、翔太さんは金融機関に内定を得ました。父も「いい会社だな」と珍しく褒めてくれたそうです。しかし、実際に入社して1年も経たないうちに退職。理由は、「金のために働く」という感覚に耐えられなかったからでした。
「投資とか保険とか、利益は出せても何かを“生み出している”実感がなかった。自分が父と同じ“お金で回る世界”に入ってしまったことが、すごく苦しかったんです」
その後、転職を繰り返し、現在のNPO法人に落ち着いた翔太さん。収入は減りましたが、仕事への納得感は増したといいます。
「一人暮らしで切り詰めながらですけど、心は穏やかです。社会に対して何かを返している感覚が、自分を支えてくれています」
