地方移住した両親を訪ね、感じた「違和感」
「玄関を開けた瞬間、“あれ? ここ本当にうちか?”と思ったんです。見慣れた家具はあるのに、空気がまるで違っていて…」
そう語るのは、都内在住の会社員・田中悠斗さん(仮名・40歳)。半年ぶりに両親のもとを訪ねた日のことでした。
田中さんの両親は、2年前にともに定年を迎え、長年住んだ東京近郊のマンションを売却。地方の郊外にある、庭付き一軒家へと移住しました。
「これからは畑でもやりながら、ふたりでのんびり暮らしていこうと思う」と語っていた両親の笑顔が、今でも忘れられないといいます。
「鍵はもらっていたので、自分で開けて中に入りました。ピンポンを鳴らしても返事がなくて、家の中も真っ暗だったんです」
冷蔵庫の低い稼働音だけが響くリビング。照明はつけられておらず、テーブルには乾いた食器と、くしゃくしゃになったメモ用紙が置かれていました。
《病院に行ってきます。夕方には戻ります》
手書きでそう書かれているだけの簡素な内容。署名もなく、書かれた日付もありませんでした。部屋の時計は止まり、冷蔵庫の中には賞味期限切れの食品が複数残っていたといいます。
「暮らしているはずの家なのに、生活の“動き”がまったく感じられなかったんです。冷たい静けさだけが広がっていて…まるで時間が止まってしまったような、不安な感覚でした」
その後、田中さんは母親の携帯に連絡を取り、ようやく通話がつながりました。
「電話越しの母の声が、まるで別人のようでした。弱々しくて、“ちょっと疲れてるだけだから”と、何度も言うんです。でも、それがかえって不安になって」
改めて帰省した田中さんが知ったのは、以下のような現実でした。
●父(当時68歳)は、物忘れや感情の起伏が目立つようになり、「軽度認知障害(MCI)」と診断されていた
●母(当時65歳)は、地域に知人もおらず、日中誰とも話さない生活が続いたことで、医師から「軽度のうつ症状」と告げられていた
●庭は荒れ放題、ゴミも処理されず、生活全体が停滞していた
「“田舎で畑でも”って、軽く考えていたのかもしれません。でも農具すら買っていなかった。買い物もバスが1日に数本。ご近所づきあいも難しくて、すべてが空回りしていたようです」
