(※写真はイメージです/PIXTA)

定年後に地方へ移住し、のびのびと暮らす――そんな「理想の老後像」に憧れる人は少なくありません。しかし現実には、移住先での人間関係や生活の変化に適応できず、孤立や体調不良に陥るケースもあります。内閣府『高齢社会白書(令和6年版)』によれば、65歳以上の高齢者のうち67.1%が「現在の生活に不安がある」と回答。その理由として「健康や介護への不安」(36.7%)、「収入・資産が十分でない」(48.1%)などが挙げられており、生活環境の変化は高齢期の大きなストレスにもなり得ます。

地方移住した両親を訪ね、感じた「違和感」

「玄関を開けた瞬間、“あれ? ここ本当にうちか?”と思ったんです。見慣れた家具はあるのに、空気がまるで違っていて…」

 

そう語るのは、都内在住の会社員・田中悠斗さん(仮名・40歳)。半年ぶりに両親のもとを訪ねた日のことでした。

 

田中さんの両親は、2年前にともに定年を迎え、長年住んだ東京近郊のマンションを売却。地方の郊外にある、庭付き一軒家へと移住しました。

 

「これからは畑でもやりながら、ふたりでのんびり暮らしていこうと思う」と語っていた両親の笑顔が、今でも忘れられないといいます。

 

「鍵はもらっていたので、自分で開けて中に入りました。ピンポンを鳴らしても返事がなくて、家の中も真っ暗だったんです」

 

冷蔵庫の低い稼働音だけが響くリビング。照明はつけられておらず、テーブルには乾いた食器と、くしゃくしゃになったメモ用紙が置かれていました。

 

《病院に行ってきます。夕方には戻ります》

 

手書きでそう書かれているだけの簡素な内容。署名もなく、書かれた日付もありませんでした。部屋の時計は止まり、冷蔵庫の中には賞味期限切れの食品が複数残っていたといいます。

 

「暮らしているはずの家なのに、生活の“動き”がまったく感じられなかったんです。冷たい静けさだけが広がっていて…まるで時間が止まってしまったような、不安な感覚でした」

 

その後、田中さんは母親の携帯に連絡を取り、ようやく通話がつながりました。

 

「電話越しの母の声が、まるで別人のようでした。弱々しくて、“ちょっと疲れてるだけだから”と、何度も言うんです。でも、それがかえって不安になって」

 

改めて帰省した田中さんが知ったのは、以下のような現実でした。

 

●父(当時68歳)は、物忘れや感情の起伏が目立つようになり、「軽度認知障害(MCI)」と診断されていた

 

●母(当時65歳)は、地域に知人もおらず、日中誰とも話さない生活が続いたことで、医師から「軽度のうつ症状」と告げられていた

 

●庭は荒れ放題、ゴミも処理されず、生活全体が停滞していた

 

「“田舎で畑でも”って、軽く考えていたのかもしれません。でも農具すら買っていなかった。買い物もバスが1日に数本。ご近所づきあいも難しくて、すべてが空回りしていたようです」

 

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