(※写真はイメージです/PIXTA)

親が子どもの家賃や生活費を援助することは、決して珍しい話ではない。しかし、その援助が長期間に及び高額となった場合、相続の場面で思わぬ「精算」を迫られることがある。働く能力を有する成人への生活援助は、民法上の「特別受益」と評価され、相続分を大きく減らす可能性があるからだ。しかもこの問題は、相続税や贈与税とは別次元で生じる。善意の生活支援が、なぜ相続トラブルの火種となるのか。その仕組みと実務上の考え方を整理する。※本連載は、THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班が担当する。

相続分は「残された遺産」だけで決まるわけではない


相続人が最終的に受け取る財産は、被相続人が死亡時に残していた遺産を基準に算定される。しかし、相続人の一部が生前に多額の金銭や財産を受け取っていた場合、その事情を一切考慮せずに遺産を分けることは、相続人間の公平を欠く結果となりかねない。

 

そこで問題となるのが「特別受益」である。特別受益とは、特定の相続人が生前に受けた利益を相続財産に加味し、相続分を調整する制度であり、民法によって定められている。

 

民法903条1項は、特別受益に該当するものとして下記の3類型を挙げている。

 

① 遺贈

② 婚姻や養子縁組のための贈与

③ 生活の資本としての贈与

 

これらに該当する生前贈与は、相続財産に「持ち戻し」て計算され、最終的な取り分が調整される。特別受益とは、いわば「相続の前払い分」を後から精算する仕組みと言っていいだろう。

 

もっとも、生活費の援助がすべて特別受益として扱われるわけではない。親と同居する未成年の子が、日常生活のために受け取る生活費や小遣いは、通常、特別受益とは評価されない。

 

親が子を扶養することは社会通念上当然であり、常識的な範囲の支援まで相続の場面で精算対象とすることは相当ではないと考えられている。学費や衣食住の費用についても、年齢や家庭状況に照らして合理性があれば、特別受益に該当しないのが一般的だ。

 

問題が生じるのは、この「扶養の範囲」を明確に超えた場合である。

成人後の生活援助が「生活の資本」と評価される場合

特に注意が必要なのが、働く能力を有する成人への継続的な生活援助だろう。

 

形式上は生活費であっても、その実態が長期間にわたり、生活基盤そのものを支えていたと評価される場合、裁判実務では「生活の資本」と判断される可能性がある。

 

例えば、

 

●成人後も定職に就かず、親が毎月一定額を送金していた

●家賃や光熱費を親が長年にわたり負担していた

●借金や事業の赤字を繰り返し肩代わりしていた

 

といった事情が重なると、単なる一時的援助ではなく、本人の生活を成り立たせるための基盤形成と評価されやすい。

 

援助の名目が「生活費」であるかどうかは決定的ではない。援助の期間、金額、受給者の年齢や就労状況、援助がなければ生活が成立していたかどうかといった事情が、総合的に考慮されるようだ。

40代無職の長男、相続分が大きく圧縮

ある家庭では、父の死亡後、長男と次男の間で遺産分割協議が行われた。遺産総額は約6,000万円であり、相続人はこの2人のみであった。

 

長男は40代半ばで、健康状態に特段の問題はなく、就労自体は可能であったが、長年にわたり安定した職に就くことはなかった。父は「いずれ自立するだろう」と考え、長男に対して毎月約20万円を生活費として送金し続けていた。

 

家賃や食費、光熱費の大半をこの援助で賄う生活が、約15年間にわたって続いており、その総額は3,000万円を大きく超えていたという。

 

一方、次男は大学卒業後に就職し、家庭を持って自立しており、生前に父からまとまった金銭援助を受けたことはほとんどなかったという。

 

遺産分割協議の場で問題となったのは、長男へのこの生活援助を、単なる親の扶養とみるのか、それとも特別受益として相続分から差し引くべきか、という点だ。

 

裁判実務では、援助の開始時期や継続期間、月額や総額の大きさ、受給者の生活状況などを総合的に考慮し、「扶養の範囲を超え、生活基盤を維持するための利益」と評価される場合には、特別受益に該当すると判断される傾向にあるという。

 

そのような考え方を前提に相続財産へ持ち戻して計算した結果、長男の相続分は大きく圧縮されたという。形式上は相続人であっても、「すでに相当額を受け取っている」と評価され、実質的に受け取れる遺産はごくわずかなものとなった。

 

成人した子に対する長期的かつ高額な生活援助について、特別受益に該当すると判断した下級審の裁判例は複数存在する。本件は決して特殊な事例ではない。

税金とは別に判断される「相続分調整」の問題

この問題で注意すべきなのは、特別受益が税金の課税・非課税を決める話ではなく、相続人同士の取り分を調整するための民法上の制度であるという点だろう。

 

特別受益は、あくまで民法上の相続分調整の問題であり、相続税や贈与税の課税関係とは別に判断される。

 

たとえ贈与税が課税されていなくても、相続の場面では特別受益として精算対象となることがある。逆に、税務上は非課税とされる生活費援助であっても、「相続の前払い」と評価される可能性は否定できない。

 

特別受益に該当するかどうかは、最終的には相続人間の協議によって決まり、合意に至らない場合には家庭裁判所の判断に委ねられる。

善意の生活援助を「争族」にしないために

親として子を支える行為そのものが問題なのではない。問題は、その支援が無自覚のまま積み重なり、相続の場面で不公平感を生む点にある。

 

実務家の間では、将来のトラブルを避けるためには、

 

●援助の理由や期間、金額を整理しておくこと

●他の相続人とのバランスを意識すること

●必要に応じて遺言書で意思を明確にすること

 

が重要だと指摘されている。

 

生活援助は「支え」にもなれば、「相続の前払い」にもなる。その境界線を理解しておくことが、相続対策における重要なポイントと言えるだろう。

 

 

THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班

 

 

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相続税の「税務調査」の実態と対処法

 

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