前回は、「交通事故被害者の救済」という視点を欠いた裁判所の問題を紹介しました。今回は、法整備が不十分と言わざるを得ない、我が国の交通事故賠償制度について見ていきます。

原子力事業者等には厳しい責任が課されているが・・・

そもそも交通事故の賠償がどういう意味を持っているのか、国家的な見地から今一度見てみよう。

 

国益を追求する国家政策は、ときに国民の生命や健康を危険にさらす場合がある。原子力発電などがその典型的な例である。

 

安定した電力確保という国民の利益を実現するものが、一方では事故が起きた場合、放射能汚染という広範囲、かつ甚大な被害をもたらす。先の東日本大震災時における福島の原子力発電所の事故を見れば明らかだ。

 

国家がある利益を優先するために、危険を承知で実行する施策には、いざというときの補償や賠償制度など、国民を保護する法体系や制度が必要不可欠である。「原子力損害賠償法」や「大気汚染防止法」などはまさにその例だろう。

 

原子力損害賠償法3条1項には、原子炉の運転などによって損害を与えた場合、異常に巨大な天災地変や社会的動乱によって生じたものである以外は、原子力事業者がその損害を賠償しなければならないと規定されている。

 

しかも事故を起こした原子力事業者に対しては、事故の過失・無過失にかかわらず賠償する必要があること(無過失責任)、原子力事業者以外の者は、賠償責任を負わないこと(責任の集中)、賠償責任の限度額は特に規定しないこと(無限責任)など、非常に厳しい責任が課されているのである。

1970年の年間交通事故死亡者数は1万6765人

このような視点から、今一度自動車と交通事故、および交通事故補償や賠償を見てみよう。まず自動車は文明の利器であり、その力を借りずして現代国家は成り立たない。しかし一方で自動車は走る凶器でもある。

 

かつて昭和30年代に「交通戦争」という呼称がしきりに使われた。これは当時の交通事故死者数が日清戦争での日本人の戦死者数(2年間で1万7282人)を上回る勢いで増加したため、もはや戦争状態と同じという意味で付けられた呼称だとされている。

 

ちなみに現行の統計が取られ始めた1948年以降、年間交通事故死亡者数の最悪の数字は1970年(昭和35年)の1万6765人であり、2014年は4113人で4分の1に減っている。しかしながらこの数字を自然災害による死者・行方不明者数の推移と比較してみてほしい(下記図表を参照)。

 

[図表]自然災害による死亡・行方不明者数の推移

出典:消防白書(伊勢湾台風)、警察庁・復興庁発表資料(東日本大震災)、内閣府「防災白書平成23年版」(阪神淡路大震災)
出典:消防白書(伊勢湾台風)、警察庁・復興庁発表資料(東日本大震災)、内閣府「防災白書平成23年版」(阪神淡路大震災)

 

自然災害による死者数は巨大な台風や地震などが起きた年に一気に跳ね上がっているのが分かるだろう。東日本大震災の2万1791人は突出しているが、次いで阪神・淡路大震災の6402人、伊勢湾台風の5098人と続く。

 

2014年の交通事故死者数は4113人なので、減ったとはいえこれらの巨大自然災害に続く死者数となっている。しかも巨大自然災害は突発的だが、交通事故被害は毎年同じような数が続くのである。

 

現実にこれだけの被害が出ている以上、国家としてしっかりとした補償・賠償制度を整える必要があるはずである。

 

国家の利益のためにあえて危険なものを容認するのであれば、原子力賠償法ほどの厳格な責任とまではいかなくとも、それに次ぐ厳しい法整備や制度設計がなされてしかるべきである。

 

ところが我が国の交通事故賠償制度とその運用は、残念ながらお粗末な状況と言わざるを得ない。

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    本連載は、2015年12月21日刊行の書籍『虚像のトライアングル』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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    平岡 将人

    幻冬舎メディアコンサルティング

    自賠責保険が誕生し、我が国の自動車保険の体制が生まれて約60年、損害保険会社と国、そして裁判所というトライアングルが交通事故被害者の救済の形を作り上げ、被害者救済に貢献してきたが、現在、その完成された構図の中で各…

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