認知症高齢者、443万人から645万人へ
まず押さえておくべきは、認知症高齢者数の増加ペースだ。厚生労働省研究班の推計によれば、日本の認知症高齢者数はすでに明確な増加局面に入っている。
2022年:約443万人
2030年:約523万人
2060年:約645万人(いずれも推計)
わずか8年で約80万人増加し、その後も長期的な増加が見込まれている。これはもはや「一部の高齢者の問題」ではない。誰の身にも起こり得る、確率論的な社会リスクとして捉えるべき段階に入ったと言えるだろう。
本質は人数ではない――異常に大きい「資産額」
しかし、問題の本質は人数そのものではない。より深刻なのは、認知症高齢者が保有する資産規模の大きさである。
三井住友信託銀行の独自推計によると、預貯金、株式、不動産などを合算した認知症高齢者の保有資産は、
2020年時点:約250兆円
2040年推計:約345兆円
に達するとされている。
345兆円という規模は、日本の一般会計当初予算を大きく上回る水準だ。もちろん、この金額のすべてが直ちに動かなくなるわけではない。しかし、意思能力の喪失をきっかけに、法的・実務的制約によって利用が困難となる資産が急増する構造を、日本経済が内包していることは否定できない。
凍結されやすいのは「中小企業オーナーの資産」
さらに重要なのは、これらの資産の中身だ。認知症高齢者の資産は、上場株式を分散保有する金融投資家の資産が中心ではない。
実態として多いのは、中小企業オーナーの個人預金や自社株式、事業用・賃貸用不動産といった、企業経営と不可分の資産とされる。
経営者本人が認知症を発症し、意思能力に疑義が生じると、運転資金への転用、借入の担保提供、株式承継や議決権調整といった行為が困難になる。その結果、企業活動が停滞し、場合によっては事業継続そのものが危機にさらされるリスクが高まる。
認知症→意思能力に疑義→契約行為が困難に
法律上の扱いは比較的明確だ。認知症により意思能力がない、あるいはその有無に疑義があると判断される場合、
●預金の解約
●不動産売却
●新規借入
●担保設定
といった契約行為は、原則として認められなくなる。
この状態を解消するには、家庭裁判所による成年後見人の選任が必要となる。ただし、ここで新たな問題が生じる。成年後見制度は、本人の生活と財産を守ることを目的とした制度である。
そのため、事業資金への積極的な投入、相続税対策を目的とした資産売却、経営判断を伴う資産運用などの行為については家庭裁判所の許可が必要となり、実務上は慎重、あるいは否定的に判断されるケースが少なくない。
生活費の確保という点では有効だが、企業経営を機動的に支える制度とは言い難い。この制度設計のギャップが、「黒字であっても資金が回らず経営が行き詰まる企業」を生み出す一因になっていると指摘されている。
認知症は相続・事業承継ができなくなる
影響は、相続や事業承継にも及ぶ。認知症を発症し、意思能力が否定されると、
●新たな遺言書の作成はできない
●生前贈与は原則として認められない
●株式移転や持株調整も進められない
などの制約が生じる。
すでに完了している対策は有効である一方、未実行、あるいは途中段階にあった設計は、その時点で凍結される。結果として、「準備していたはずの相続・事業承継対策が完成しないまま止まる」という事態が現実のものとなる。
発症前にしか打てない「経済的な手」
この構造を前提にすると、選択肢は限られる。打てる手は、発症前に資産の使い方を設計しておくことだ。
そこで注目されているのが家族信託である。家族信託は、財産を単に移転する制度ではない。「財産を誰が、どのような目的で使うのか」という意思決定の枠組みを、あらかじめ契約で定めておく仕組みだ。
信託契約を結んでおけば、認知症発症後であっても、定めたルールに基づき、
●預金の管理
●不動産の売却
●事業への資金投入
などを行うことが可能となる。また、「認知症と診断された場合に信託を開始する」といった停止条件付きの設計もできる点は、成年後見制度にはない特徴だ。
345兆円時代の「経営インフラ」
重要なのは、家族信託を相続税対策や金融商品として捉えないことである。それは、企業と資金循環を止めないための経営インフラとして位置づけるべき仕組みだろう。
認知症そのものは予測できない。しかし、発症前に限れば、経済的な備えは可能である。日本経済が抱え込もうとしている「動かなくなるお金」というリスクを、私たちは正面から直視する段階に来ているのかもしれない。
THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班
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