タワマンで「安心感ある生活」を謳歌していたが…
「便利さは間違いない。でも、それだけだったんですよね」
そう語るのは、都内の広告代理店に勤める佐伯貴大さん(仮名・37歳)と、外資系企業で働く妻の美沙さん(仮名・35歳)。子どもを持たない共働き夫婦、いわゆるDINKsとして、数年前に湾岸エリアのタワーマンションを購入しました。
購入時に重視したのは、通勤利便性と将来的な資産価値でした。
「当時はお互い仕事が忙しく、平日はほとんど家にいない生活。移動時間を減らせる立地は、何より魅力でした」(貴大さん)
夫婦の合計年収は約1,600万円。頭金を多めに入れ、住宅ローンは月々の返済額が手取り収入の2割を超えない水準に抑えました。管理費・修繕積立金を含めた住居費は、月20万円台後半。家計としては「無理のない範囲」だったといいます。
入居当初の満足度は高いものでした。
「内廊下で静かですし、共用部もきれい。『ちゃんとした場所に住んでいる』という安心感はありました」(美沙さん)
ただ、その感覚は少しずつ変わっていきます。
平日は朝早く出勤し、帰宅は夜遅く。休日も仕事や用事で外出が多く、部屋で過ごす時間は限られていました。
「気づいたら、眺望を楽しんだ記憶がほとんどなかったんです。高層階に住んでいる意味を、生活の中で感じられなくなっていました」(貴大さん)
転機になったのは、ふたりで訪れた長野の古民家宿でした。夜になると聞こえるのは風の音と虫の声だけ。特別なことをしていないのに、心身がゆるんでいく感覚があったといいます。
帰京後、週末の夜に自宅のベランダに出ると、耳に入ってきたのは近隣住戸の生活音と、周辺の再開発工事の音でした。
「静かな場所に惹かれている自分に気づいたんです。タワマンが悪いのではなく、今の自分たちの疲れ方と合わなくなっていた」(美沙さん)
