物価高で限界を迎えた「1円単位」の節約生活
「スーパーでは、30円引きのシールが貼られるのをじっと待てるんです。それなのに、どうして夜になるとあんなにお金を使ってしまうんでしょうか……」
ポイ山貯美さん(仮名・64歳)は、スマートフォンの画面に表示されたクレジットカードの利用明細を眺めながら呟きました。
ポイ山さんは現在、週3日のパート勤めをしながら、定年退職した夫と二人で暮らしています。パートで得る月8万円の給料は、夫婦の「老後の旅行」のために大切に積み立てるはずの資金でした。
もともとポイ山さんは、食費を月3万円台に抑え、家計簿アプリで支出を管理するような厳格なやりくりを誇りにしていました。しかし、ここ数年の終わりの見えない物価高が、ポイ山さんの心を少しずつ蝕んでいきました。
「どれだけ電気をこまめに消しても、スーパーで一番安い食材を選んで献立を工夫しても、毎月の引き落とし額は過去最高を更新していくんです。そのうち、私は一体何のためにこんなに我慢しているんだろうって、虚しくなってきて……」
終わりのない節約生活で、ポイ山さんには「見えないストレス」が溜まっていきました。
「お得感」が金銭感覚を狂わせる深夜のネット通販
そんなポイ山さんの家計管理の糸をプツリと切ったのは、就寝前の「ネットショッピング」でした。引き金となったのは、皮肉なことに「少しでもお得に買いたい」という節約心です。
スーパーで財布から小銭を出すときは、お金が減る痛みをリアルに感じます。しかし、スマホの画面上で行うキャッシュレス決済には、その痛みが伴いません。
夜、夫が寝静まったあとに布団のなかでスマホを開くと、「本日限定ポイント10倍」や「あと2,000円で送料無料」といった魅力的な言葉が目に飛び込んできます。
「最初は日用品だけを買うつもりだったんです。でも『送料無料にするために、前から気になっていた5,000円の美容液もついでに買おう』『ポイントがつくから結局はお得』と、自分に言い訳をするようになってしまって……」
定年退職した夫もスマホ決済のポイント還元を狙う、いわゆる「ポイ活」にハマっていたため、次々と注文した商品が届いても「ポイント10倍なら賢い買い物だ」と満足げに頷くだけでした。夫婦にとって「ポイント」や「お得」という言葉は、浪費を正当化する免罪符になっていたのです。
そして月末。届いたクレジットカードの請求額は、パート代を大幅に上回る18万円に達していたのです。
「送料の数百円をケチるために、今すぐ必要ではないものに何万円も使ってしまいました。スーパーで30円引きを待ってあんなに頑張っていた私は、一体何だったんでしょうか……」
積み重ねてきた節約が一瞬で水の泡となり、ポイ山さんはただ絶句するしかありませんでした。
データが示す「お金の使い方の満足度低下」と節約疲れ
ポイ山さんの事例は、終わりの見えないインフレによる「節約疲れ」の反動を如実に表しています。
ハルメクの「お金に関する意識・実態調査2025」によると、お金の使い方への満足度が48.2%となり、前年から9.3ポイントも急落しています。特にポイ山さんのような60代前半で低下が顕著でした。
また、同調査で「これから節約・削減したい費目」として「特にない」という回答が前年より増加しました。これは、長引く物価高に対して「もうこれ以上は削れるところがない」というシニア層の諦めや疲弊が広がっているためだと推測されます。
出口のない節約生活で我慢を続けると、人はどこかで「心の解放」を求めるようになります。ポイ山さんの場合、日中のスーパーで数十円を切り詰めるストレスが、深夜のネットショッピングによる衝動買いという形で発散されました。本来なら罪悪感を伴う出費も、「ポイント還元があるから」「送料無料になるから」という理由づけによって、無駄遣いではなく「賢い消費」にすり替わってしまいます。
キャッシュレス決済の普及により、現金の重みを感じにくくなっている現代。1円単位の節約に疲れたシニアほど、「お得感」という言葉の罠にはまりやすく、結果的にお金の使い方に対する満足度を下げてしまっているといえるでしょう。
[参考資料]
株式会社ハルメクホールディングス「お金に関する意識・実態調査2025」
