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片づけを始めたら、お金になった
東京で一人暮らしをする小倉美帆さん(40・仮名)は、長期休暇のたびに埼玉の実家へ帰省しています。70歳の母と72歳の父、そして94歳になる母方の祖母が暮らす家です。
祖母はもともと公務員で、年金には比較的余裕があります。一方、両親は夫婦で月19万円ほどの年金暮らし。家そのものは古く、屋根や水回りなど修繕費がかさむうえ、ここ最近の物価高もあり、「余裕がある」とは言えない状況でした。
「何か少しでも足しになれば」
そんな思いから、美帆さんは両親の終活を手伝うことを決めました。
手始めに取りかかったのは、長年使われていないモノの整理でした。母が若い頃に使っていたバッグ、押し入れに眠っていた家電、贈答品のまましまわれていた雑貨類。
「もう使っていないなら、手放そうか」
そう声をかけながら、美帆さんはフリマアプリに出品していきました。もともと自分の服やアウトドア用品を処分するために使っていたアプリです。
実家に眠っていた雑貨類は、高値がつくものばかりではありません。それでも、捨ててしまうことを思えば、100円、200円でも誰かに使ってもらえて、少しでもお金になるのは嬉しいことでした。
中でも、ひときわ反応がよかったのが、母が独身時代に買ったブランド品です。
「もう何十年も使ってないのにね」
半信半疑で出したスカーフなどの小物類が、次々と売れていきます。
スマホに「売れました」の通知が届くたび、母は少し驚いたように、そしてどこか懐かしそうに笑いました。
「若いころ、頑張って働いて買ったんだよ」
美帆さんと母が楽しそうに話していると、そこへ父がやってきました。
「なあ、ゴルフクラブも売れるかな?」
半ば冗談のような口調でしたが、手にしていたのは、もう何年も使っていないクラブです。正直、これはすぐには売れないだろう……。そう思いながらも、美帆さんは試しに出品してみました。
ところが、出品して間もなく通知が届きます。
「売れました」
あまりの早さに、思わず画面を二度見しました。
「もしかして、値付けを間違えたかも」
そんな小さな後悔もありましたが、それでも父は嬉しそうに笑います。
こうした小さな驚きや失敗を重ねながら、小倉家の片づけは、思いのほかスムーズに進んでいきました
売上金はすべて両親に渡しました。ここ半年ほどで、その額は10万円ほどに。
「今日は外でご飯にしようか」
そう言って、家族で近所の店へ出かけることもありました。
豪華な外食ではありません。それでも、片づけをきっかけに生まれたその時間は、家計だけでなく、家族の気持ちまで少し軽くしてくれたようでした。
「まだ、ほかにもあるかもしれない」
家がすっきりしていくのを見ながら、美帆さんはそう思うようになります。このときはまだ、「売れるかどうか」が、モノを見るいちばんの基準でした。
押し入れの奥で、手が止まった
さらに整理を進めていたある日、押し入れの奥から古い切手アルバムが見つかります。祖父が生前、趣味で集めていたもので、アルバムは2冊分。記念切手も含まれていました。
「これも売れるかもしれない」
未使用の切手はフリマアプリでは売れないので、東京に持ち帰ろうと考えた美帆さんでしたが、これまでずっと美帆さんが家を片付ける様子を見ていた祖母は、静かに首を横に振りました。
「それは、私が死んでから処分して。生きているうちは、手元に置いておきたいの」
気になってアルバムを開いてみると、切手は時系列で丁寧に貼られていました。そこには、戦後の出来事や時代の節目が、静かに並んでいます。まるで、祖父が生きていた時間そのものを、そっと閉じ込めたようでした。
その瞬間、美帆さんは、自分の中で何かが引っかかるのを感じます。
「売れる」だけでは測れない価値
「私は、よく売れるからって、勢いで処分しすぎていたのかもしれません」
家を軽くすること、家計の助けになること。どちらも大切です。けれど、モノの中には、お金に換えるだけでは測れない意味を持つものもある。切手のアルバムは、そのことを静かに教えてくれました。
