恐ろしい…父の死後「母に実家を相続してほしい」と考えた一人っ子長男の優しさが、高齢母から家を奪った【司法書士が解説】

恐ろしい…父の死後「母に実家を相続してほしい」と考えた一人っ子長男の優しさが、高齢母から家を奪った【司法書士が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢の母の生活を守るため、父の相続は「遠慮」しよう――。そう考えた、50代のひとりっ子長男。実際、「相続放棄」は、一般の方が軽い気持ちで選択しがちな手続きのひとつだといえます。しかしこれは「プラスの財産もマイナスの財産も一切相続しなくなる」という、非常に強い効果があることから、使い方を誤ると取り返しのつかない事態を招きかねません。司法書士・佐伯知哉氏が解説します。

みんな、軽く考えすぎ!…相続放棄は「超・破壊力のある制度」

相続が発生したからといって、必ず家族間のいさかいが起こるわけではありません。遺された家族同士、それぞれが配慮し合って遺産分割を検討するほうが一般的です。しかし、家族を思っての「配慮」が、正しい法律知識がなかったばかりに、大変な事態を引き起こしてしまうケースがあります。

 

なかでも注意が必要なのが「相続放棄」で、法律を正しく理解しないと、相続財産も家族関係も大きく損なうことになりかねない、恐ろしい制度だといえます。ここでは、一般的な家庭でも起こり得る事例を取り上げながら、解説していきます。

 

【登場人物】
 

父 洋司(仮名):80代で死亡

母 佳子(仮名):70代、夫亡きあとも自宅に住み続けることを希望

息子 信夫(仮名):50代・独立して別居

 

上記の家族構成の場合、洋司さんが亡くなると、第1順位の相続人は「配偶者と子」です。つまり、この例では、「母・佳子さん」と「息子・信夫さん」の2人が相続人になります。

 

洋司さんが亡くなったあとも佳子さんが自宅に住み続けるには、通常であれば「信夫さんの取り分を母へ渡す(母が家を単独相続する)」という方向で遺産分割協議を進めます。

 

そんななか、信夫さんはあちこちから適当に法律の知識を聞きかじった結果、「相続放棄をすれば自分は借金などを一切負わず、母に全部相続させられる」「万が一、父に借金や保証債務などがあった場合でも安心できる」と考えるに至りました。

 

そこで信夫さんは、母親の佳子さんに次のように伝えました。

 

「遺産分割を行うと、税務や持分処理が面倒になってしまう。だから僕は、裁判所で相続放棄するよ。そうすれば、自宅は全部お母さんが相続できるはずだから」

 

一見、理にかなっているように思える信夫さんの言葉でしたが、この判断こそが、悲劇の始まりだったのです。

「相続放棄=最初から相続人でなかった」ということ

さて、読者の皆さんにはここで相続放棄の効果を正しく理解していただかなければなりません。

 

まず、相続放棄をすると、法律上「最初から相続人でなかった」ことになります。この効果は非常に強力であり、今回のケースでは、信夫さんが相続放棄したことで「父の子である信夫さん」は消滅。つまり、信夫さんは父親である洋司さんの相続人ではなくなります。

 

では、だれが洋司さんの財産を相続するのでしょうか?

息子が消えたら…相続権は「次順位の相続人」へ

相続は「順位制度」で考えます。配偶者は常に相続人ですが、配偶者以外の相続順位は次のとおりです。

 

第1順位:子(今回の信夫さん)が対象

第2順位:父母(多くの場合すでに死亡)

第3順位:兄弟姉妹

 

今回、洋司さんの両親(祖父母)はすでに亡くなっていました。すると、信夫さんの相続放棄によって、相続権は自動的に洋司さんの兄弟姉妹へと移動します。

 

つまり、佳子さんと洋司さんの兄弟姉妹が共同相続人になるという、想像もしなかった状況になるのです。

母親が家を100%相続するには、亡き父の兄弟姉妹全員の同意が必要

信夫さんが「母親に全部相続させたい」と思って相続放棄した結果、佳子さんは次のような問題に直面します。

 

義理の兄弟姉妹全員、そのうち亡くなっている者がいれば、その子である甥姪たち全員と、遺産分割協議をしなければならない。

 

夫亡きあとも長年暮らしてきた我が家に住み続けたいという、遺された家族として当たり前の願いのために、高齢の佳子さんは「亡き夫の兄弟姉妹(甥姪も含む可能性大)全員に判子をもらう」必要が生じてしまったのです。

 

これらの親族のなかには、疎遠な関係にあるばかりか、そもそも会ったことがない人もいるかもしれません。関係が悪ければ「連絡すら取れない」という事態も考えられます。

最悪の場合、家を売却せざるを得なくなる

もし洋司さんの兄弟姉妹のなかに、

 

●判子を絶対押してくれない人

●行方不明の人

●連絡がつかない人

 

がいれば、遺産分割協議は成立しません。

 

すると、自宅の相続登記ができず、佳子さんは自宅の名義を取得できない状態になります。そうなると、将来的に、

 

●売却できない

●リフォームローンが組めない

●介護施設入居のために自宅を担保にできない

●最終的に「共有者」から分割請求されるリスクもある

 

という、生活基盤を揺るがす事態に発展するのです。

 

信夫さんは善意で相続放棄をしたつもりでも、その効果はあまりに強く、家族に深刻なダメージを与えてしまうリスクがあるといえます。

専門家でも、相続放棄の判断は難しい

相続放棄は便利な制度ですが、

 

●効果が絶対的

●一度すると取消不可

●ほかの相続人へ権利が“飛ぶ”

 

といった特徴があり、非常に扱いが難しい制度です。

 

実務でも「母親に家を相続させたいから」といって子どもたちが相続放棄した結果、亡き配偶者の兄弟姉妹大勢と協議が必要になり、2~3年動けなくなるという案件は珍しくありません。

 

なかには専門家ですら見落として、あとから問題化したケースもあります。

相続放棄をする前に「必ずすべきこと」

相続放棄は「最初から相続人でなかった」ことになる制度です。つまり、家族内だけで収まっていた相続が、一気に“外の親族”へ広がる可能性があります。

 

そのため、相続放棄を検討する際には必ず、

 

1. 相続関係図を正確に作成する

2. 全員の生死・代襲相続の有無を調べる

3. 相続放棄の効果がどの親族まで影響するか確認する

4. 専門家に事前相談する

5. 安易に「母に全部行く」と考えない

 

この5つが必須です。

 

相続放棄は、3ヵ月以内なら手続き自体は簡単にできます。しかし、“簡単にできるからこそ危険”なのです。

相続放棄は「最後の手段」…安易に行ってはダメ!

相続放棄は、

 

●借金がある場合

●どうしても相続したくない場合

 

には有効な制度です。

 

しかし今回のように、「母親に全部相続させたい」「簡単にすませたい」という理由で使うと、まったく予想外の相続人が現れ、守るべき母親の生活を脅かすことすらあります。

 

相続放棄は、家族を守るための制度であると同時に、家族を破壊する制度にもなり得るのです。だからこそ、

 

●事前相談

●全体設計

●相続人の把握

 

が欠かせません。

 

相続は、一度動き出すと巻き戻せません。「安易な相続放棄」が、取り返しのつかない結末をもたらすリスクがあるということを、ぜひ多くの方に知っていただきたいと思います。

 

 

佐伯 知哉

司法書士法人さえき事務所 所長

 

 

 

 

 

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