今回は、イギリスにおけるEU離脱投票までの駆け引きの様子を見ていきます。※本連載は、評論家・作家として活躍する宮崎正弘氏の著書、『世界大乱で連鎖崩壊する中国 日米に迫る激変』(徳間書店)の中から一部を抜粋し、「世界大乱」とも言うべき状況のなか、国際社会の行方を占います。

直前まで予測されていなかったイギリスのEU離脱

イギリスの国民投票の直後(2016年6月28日)に開催されたEU首脳会議では、キャメロン首相に対して、「いいとこ取りはさせない」(メルケル首相)といったセクト主義的な主張が繰り広げられた。しかもキャメロンが出席したのは初日だけで、翌日の会議からは事実上、閉め出された。

 

EU議会総会ではEU大統領(欧州理事会議長)が、イギリス独立党(UKIP)のファラージ党首に向かって、「あんたは、なぜそこにいるのか」と詰め寄る場面もあった。

 

しかし、EU議会などには政策決定権がなく、EU理事会がすべてを取りしきる。まして2016年6月時点で、EU職員は2万3928名、このうち半数近い職員は8万ユーロ(当時のレートで1000万円強)も取る高給官僚。イギリスの公務員さえむくれるのは当然である。

 

イギリスのEU離脱は、直前まで予測されていなかった。EU諸国の一部は「最悪のシナリオ」の準備をしていたが、まさかの結果となった。というのも、直前にジョー・コックス下院議員が「離脱派」に銃撃され殺害されるという悲惨なテロ事件が起こり、その衝撃は離脱派の民意を雲散霧消させたと把握されていたからだ。

思わぬ伏兵…突如次期首相レースに参戦したジョンソン

国民投票前夜までのイギリス政界の舞台裏では、権力をめぐる暗闘が起こっていた。

 

キャメロン首相はみずからの後継者に右腕であるオズボーン財務相をあてるつもりだった。ところが、キャメロンの最大のライバルとして急浮上したのがボリス・ジョンソンだった。思わぬ伏兵、それもジョンソンは「残留派」だった立場をコロリと豹変させ、EU離脱の戦旗を振った。

 

[図表]EU加盟国

 

キャメロンとジョンソンはともに名門出自のサラブレッドで、政界に出遅れたジョンソンはアメリカで吹き荒れていたドナルド・トランプ熱狂の嵐に便乗して、過激な主張とパフォーマンスを演じることによって次期首相レースに名乗りを上げた。これが番狂わせの始まりだった。

 

[写真1]EU離脱を主導したボリス・ジョンソン

 

[写真2]イギリスのEU離脱決定で辞任したデービッド・キャメロン前首相

 

そもそもボタンの掛け違いは、キャメロンが「国民投票」でEU離脱か否かの民意を問うとした誤断である。

 

国民投票をするのは愚昧な大衆を巻き込む陶片追放(古代ギリシャのアテナイで行われた、僭主になる恐れのある人物を追放するための市民投票)と同じで、そのときの国民感情と政局の変遷によって、ポピュリズム政治家の煽動しだいでは大事な国策が左右されやすいのである。

 

議会制民主主義システムが機能しており、民意に基づいて選ばれた代議員が国会で決めるのだから国民投票は必要がない。地方自治の場合の「住民投票」とは感覚が異なるともいえる。

 

2014年、スコットランドの住民投票では「独立反対」がかろうじて55.3%を獲得し、分離独立は見送られたが、それも土壇場までキャメロン首相が現地入りし、説得にあたったからだった。

 

スコットランド独立となれば、アイルランドと北アイルランドの合邦運動も再燃し、またウェールズとて独立を言い出しかねない。そうなると「連合王国」は消滅する。

 

しかし、EU残留か離脱かを問うた国民投票の結果、「離脱」が51.9%、残留が48.1%となった。辛勝とはいえEU離脱派の勝利である。投票率も72.2%と、総選挙の66.1%より高い。それほどイギリス国民は関心を深くしていた。

 

地区別得票率を見ると事前予想とは逆で、都会が離脱派、地方が残留多数という想定外の結果である。

 

ちなみに、スコットランドでは残留が62%に対して離脱はわずか38%、北アイルランドでも55・8%対44.2%。ところがイングランドでは46.6%対53.4%、ウェールズは47.5%対52.5%と逆転している。

世界大乱で連鎖崩壊する中国 日米に迫る激変

世界大乱で連鎖崩壊する中国 日米に迫る激変

宮崎 正弘

徳間書店

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