母の死、父ひとり──「このまま誰もいなくなる」恐怖
最初の転機は、母の突然の死でした。70代後半だった母が倒れ、そのまま病院で息を引き取りました。実家に残されたのは、80歳を超えた父ひとり。葬儀後、アパートに戻ったAさんは、不意に胸がざわついたといいます。
「自分には兄弟がいません。親がいなくなったら…本当にひとりなんだ。そう思いました」
これまで『ひとり最高』と断言していたAさんの中に、感じたことのない不安が芽生えました。
その数ヵ月後、Aさんは突然の腹痛に襲われます。救急搬送の結果は重度の虫垂炎。「たかが盲腸」と思っていたAさんでしたが、破裂寸前で即手術となり、その後数日間の入院が必要になりました。
病室で一人きり。会社には最低限の連絡をしただけで、見舞いに来る人もいません。退院後、アパートに戻って布団を広げると、ずっと心地よかったはずの部屋が、急に“冷たい空間”に感じられました。
健康であることを前提に成り立っていた「低支出・ひとりで完結する生活」。しかし、もしまた病気で働けなくなったら。入院が長引いたら——頼れる人が誰もいない現実が目の前に突きつけられたのです。
人間関係まで「コスパ」で考えたことへの後悔
二つの出来事を経て、Aさんの考えは少しずつ変化しています。ひとりの時間もシンプルな生活も悪くない。しかし「人間関係までゼロ」にしてしまうのは違ったのだと気づきました。
「仕事を数日休んで出勤したら、同僚が『大丈夫でした?』と声をかけてくれたんです。たったそれだけなのに、なんだかホッとして。父がいなくなったら、自分を心から心配してくれる人がこの世から誰もいなくなる……それはさすがに悲しい、そう思いました」
Aさんは、少しずつ自分の世界を広げようと決めたといいます。
「50代になると、若い頃とは変わりますね。モノはなくても生きていけるけど、人がゼロだと心が折れる。失った友人は戻らないけど、新しく誰かと関係をつくることはできるかもしれません。もう“コスパだけ”で人を切り捨てるのはやめようと思ったんです」
また、「収入を少し上げて、いざというときに備える」「たまには無駄と思える買い物もしてみる」——そんな心境の変化も生まれています。
人生の後半戦に差しかかったいま、Aさんはこれまでの“最適解”だった生き方を少し見直し、ひとりで生きる覚悟だけでなく、誰かとつながる安心も必要だと感じ始めています。
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