「ここで人生を見つめ直したい」妻のひと言がきっかけだった
「私はもともと、畑仕事とか家庭菜園にずっと憧れていたんです。土に触れて、自分の手で何かを育てる暮らしがしたくて…」
そう語るのは、静岡県内の里山地域に暮らす宮田真由美さん(58歳・仮名)。2年前、都内のマンションを手放し、夫の直樹さん(60歳・仮名)と共に、空き家バンクで見つけた築40年の一軒家に引っ越しました。
当時、直樹さんは定年退職を迎えたばかり。真由美さんは都内でパート勤務をしていましたが、「せっかくなら第二の人生を、自然の中でゆっくり過ごしたい」と、夫婦で決断。市の移住相談窓口のサポートを受けながら、新生活をスタートさせました。
移住から数ヵ月は、すべてが新鮮に感じられたといいます。裏庭で野菜を育て、地域の直売所で販売される農作物を楽しみ、ご近所さんともあいさつを交わす日々。ところが1年を過ぎた頃から、徐々に空気が変わり始めました。
「夫があまり畑に出てこなくなって、ずっと家にいるようになったんです。地域の行事にも参加しなくなって。『なんで俺まで農作業しなきゃいけないんだ』って、ある日ぽつりと言われて…」
真由美さんが望んでいた“自然と向き合う暮らし”に対して、直樹さんは“静かで楽な引退生活”を求めていた――。夫婦の間に、静かに価値観のズレが生まれていたのです。
国や自治体は、移住を希望する人に向けてさまざまな支援制度を設けています。たとえば、総務省の「地域おこし協力隊」制度や、空き家バンク制度、地方自治体の定住促進補助金などがその一例です。
宮田夫妻のように50〜60代で移住する層は、これらの制度の恩恵を受けながら生活を始められるケースも多いのですが、「暮らしの満足度」は必ずしも制度だけでは測れません。
「ご近所さんはいい方ばかり。でも、誰とも話さず1日が終わることもあります。夫とだけずっと一緒にいても、会話がなくなるとしんどいですね…」
真由美さんは、移住してから“孤独の種類が変わった”と感じているそうです。
