深夜の着信と、母のひと言
「夜中に電話がかかってくるなんて、めったにないことだったので、番号を見た瞬間から嫌な予感がしました」
それは、6月上旬の午前1時過ぎのこと。貴志さんのスマートフォンに、母・美智子さんからの着信がありました。すぐに電話を取ると、しばらく沈黙が続き、ようやく絞り出すような声で「何かが、おかしいの……」と一言だけ。
「声の調子もいつもと違っていたし、何を言っているのかよく分からなくて。すぐに向かうと伝えました」
実家までは車で40分。電話を切ってすぐに家を飛び出しました。
玄関は施錠されておらず、呼びかけながら中へ入ると、家中の電気がつけっぱなしになっていました。そして台所には、蛇口から水が出しっぱなしになった流し台。その隣には、コンロに乗せたまま空焚きされた鍋。焦げ臭さが部屋中に広がっていたといいます。
「母は、仏間の座布団に正座するような姿勢でじっとしていました。反応が鈍くて、話しかけても要領を得ない感じでした」
幸いにも命に別状はなく、かかりつけ医と相談のうえで、翌日受診したところ、軽度の脳梗塞を起こしていたことが判明。すぐに入院となりました。
美智子さんは、要支援2の認定を受けており、週2回の訪問介護を利用していましたが、日常生活のほとんどは自分でこなしていました。そのため、急な体調変化だけでなく、火の不始末や水の出しっぱなしといった“判断力の低下”も、家族としてはショックだったといいます。
「“何かがおかしい”という言葉は、母なりのSOSだったんだと思います。電話してくれたことが、不幸中の幸いでした」
