経済的悪影響より「主権」を取ったイギリス国民
世界はいま、未曾有の地殻変動に見舞われている。それも地球的規模だ。アメリカにトランプ現象、ヨーロッパでEU離脱派の急伸。市場ではグローバリズムへの懐疑とTPP(環太平洋パートナーシップ)が挫折するという観測が喧しい。そして、極東では「日米韓台VS中露北」の対立という冷戦構造の復活!
イギリスのEU(欧州連合)離脱を「BREXIT」(「Britain」+「Exit」の造語)というが、「リーマンショックを超える衝撃」とか「時代錯誤の判断」「世界恐慌の恐れ」などと書いている新聞が多い。そういう見方をする評論家もごまんといた。
イギリスのEU離脱は予測されたとおりの事態であり、主権と自立を尊ぶイギリス国民の「正しい選択」だったのではないのか。
僅差で否決されたもののスコットランド独立の動きは沈静化していないし、移民への反感が強まっていた。そうしたイギリス社会が、EU残留を望み、主権の制限を受けてもいいと考えるというシナリオのほうが想定しにくいことだった。
もちろん、国民投票の結果には法的拘束力はない。しかし、保守党が政権をかけての「公約」である以上は実行せざるをえない。キャメロン首相は投票直後、「国民投票のやりなおしはない」と断言した。ならばイギリスは有利な条件が得られそうになるまで、「リスボン条約」に基づく脱退の通告を可能なかぎり延長するだろう。
イギリス国民は、「主権」の重要性を経済的悪影響より上位としたのだ。
今後は「ナショナリズム」がより活発化するイギリス
EUの状況を日本にたとえると、もし「アジア経済共同体」なるシステムが出現して、議会は北京に、裁判所はソウルに、そして中央銀行は上海にあり、一方的な決定をして日本に「これに従え」と押しつけるようなものだ。
その場合、日本は黙って承諾するだろうか。イギリス国民が主権の尊厳を選択した動機はそこにある。日本のメディアはこのことを過小評価している。
イギリスのEU離脱ショックという論調をリードしたのはイギリスの「フィナンシャルタイムズ」と「エコノミスト」誌だった。ともにグローバリズムの最前線を走るメディアで、アメリカ保守の「ウォールストリートジャーナル」も同調している。
その基調に便乗したのはヨーロッパのメディア、日本のリベラルなマスコミ、とどのつまりグローバリズムを標榜する国際左派が保守メディアも巻き込んで、その思想的退潮を嘆いているという構図なのである。
彼らは現実を理解していない。それが予測を狂わせたにすぎない。
イギリスのEU離脱について、グリーンスパン元FRB(連邦準備制度理事会)議長が「ひどい結末だ」と発言したように、ミルトン・フリードマン以来の市場放任、過剰で野放図な自由主義時代の「終わりの始まり」でもある。
インターナショナリズム全盛時代が終わり、ナショナリズム(ローカリズムと呼び換えてもいい)の時代が到来する兆候である。
また、EU本部のあるブリュッセル官僚主義政治の敗北、民衆がエスタブリッシュメントにNOを突きつけたという意味で、イギリスが「トランプ現象」を先取りしたことになる。
ドナルド・トランプがアメリカで「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」と言ったように、EU離脱の旗頭だったボリス・ジョンソン前ロンドン市長(現外相)は「MAKE BRITAIN GREAT AGAIN」と標榜していた。
日本の論評を読んでいると、独自の国益の視点から論じたものは少なく、イギリス進出の日本企業が困惑しているとか、保護主義的なナショナリズムは危険だとか、国際協調に背を向けた反動的な流れだとか、目を覆いたくなるような偏見に満ち、視野狭窄の解説が目立った。
イギリスのEU離脱を主導したのは「イギリスのトランプ」こと、ボリス・ジョンソン(イギリス首相の最有力候補だったが途中でレースを降りた)だ。グローバリズムに反対して国民に強く呼びかけ、国民投票をリードした。同時に不法移民への不満を離脱派が吸収することに成功した。
EU離脱運動の嚆矢はイギリス独立党(UKIP)だったが、ともかくこれでイギリスは国内的にはスコットランド独立、アイルランドと北アイルランドとの統合などナショナリズムの動きが活発化することになる。
政権内部事情からいえば、キャメロンの辞意を受けて次期首相をめぐる党内闘争が激化した。それまで次期首相確実といわれた親中派オズボーン財務相の政治的影響力が著しく後退した。イギリスの親中路線も変更を余儀なくされるだろう。
[写真]イギリスのEU離脱決定に歓喜する支持者