「俺だって頑張っている」夫の言い分
「俺だって頑張っているのに、いつも“言い負ける”」
健太さんにも、当然ながら言い分があります。
現在、健太さんはメーカー勤務で、部下3人の小さなチームを率いています。一応管理職ではありますが、プレイングマネージャーという役割。部下との年齢も近く、彼の柔らかい人柄もあって「部下というより後輩」という関係に近いといいます。
「僕は部下をビシビシ指導するタイプじゃなくて、頼られたり、雑談で相談に乗ったり、そういう役回りなんです。待遇にも不満はないし、仕事も嫌いじゃない。ただ……家に帰ると、妻があまりにも理路整然としていて、どうしても口では勝てないんですよね」
職場では優しい先輩として慕われる健太さん。一方、家庭では、ロジカルに状況を整理し、事実ベースで淡々と指摘してくる玲子さんに、太刀打ちできない場面が多かったといいます。
「僕が何か言っても、瞬時に“それは違うでしょ”って返される。だから、いつの間にか言わないほうが楽になっちゃって……それに義母が来てくれているお陰で家はなんとか回っているように見える」
健太さんは、“主張しない夫”ではなく、“主張すると負けてしまう夫”だったのです。
しかし、その沈黙が結果的に“家事に関心がない夫”というレッテルにつながり、妻の不満を深めてしまいました。
「家に帰ったら第二のシフトが始まる」妻の本音
「私は毎日、二つのフルタイムをやってるのよ」
対して玲子さんは語ります。
「私は仕事でフル回転したあと、家に帰った瞬間に“第二のシフト”が始まる。子どものこと、家事のこと、明日の準備、家計……。夫は帰ってきたら休むモードに入るけど、私はそこからが本番なの。うちはお母さんが来てくれているから何とか回っているけれど、実家に頼れなかったらとっくに詰んでいるわ」
夫婦が“違う世界”で生きているような言葉でした。
「山下さん、それヤバいんじゃないですか?」部下からの言葉
そんなある日、会社のちょっとした飲み会で、健太さんは何気なく「家でのゴタゴタ」を部下に話しました。すると、聞いていた20代の部下が明らかにドン引きした表情になり、「山下さん、それ……奥さんめちゃくちゃスーパーウーマンですよ。奥さんめちゃくちゃ稼いでいて、家事も子どものことも、全部やってるんですよね? 私だったら離婚します」とズバリ。さらに「こんなところで飲んでないで、早く帰ったほうがいいんじゃないですか?」とさっさと会を切り上げられ、その場の空気が凍りついたといいます。
その瞬間、健太さんは初めて“自分だけが普通だと思っていた感覚”のズレに気づいたと言います。
帰り道、夜風に当たりながら健太さんは、部下の率直すぎる言葉が何度も頭をよぎったと言います。
「離婚しますよ」「スーパーウーマンですよ」「早く帰ったほうがいい」。自分では“少し家事を手伝っているつもり”だったが、部下から見れば「奥さんに甘えすぎている夫」にしか映っていなかった。思い返せば、義母が来てくれているのを気まずがって逃げるように自室へ向かう自分。家で指摘されると黙り込む自分。妻の忙しさや負担を“なんとなく”で受け止めていた自分。そのすべてが、他人からすれば「そりゃ怒られるわ」と言われても当然の行動だったのだと、初めて腹に落ちた瞬間でした。
家に着くころには、健太さんはようやくひとつの覚悟に辿り着いていました。「帰ったら、とにかくちゃんと話そう」。
家の扉を開けると、リビングでは義母が帰ったあとで、玲子さんが一人で子供の塾のプリントの整理をしていました。その背中を見ただけで、胸が詰まったと言います。「ごめん。俺、全然わかってなかった」。そう切り出すと、玲子さんは驚いたように顔を上げ、しばらく沈黙したあと、静かに「私も言い方がキツかったと思う。実は私も部下から『言っていることは正しいけれど、逃げ場がなくて追い詰められる』と言われて反省していたところだったの」と返しました。
その夜二人は久しぶりに長く話し、家事の分担や義母への負担のかけ方、仕事とのバランスについて、ひとつずつ紙に書き出していったそうです。完璧な解決には程遠いけれど、「見えていなかったものを見ようとする姿勢」だけは確かに共有できたといいます。
「あの日、部下に言われなかったら、僕はずっと気づかないままだったかもしれない」。健太さんはそう苦笑しながら、ようやく本当の意味で夫婦として「同じテーブルに座れた気がした」と語りました。
[参考資料]
「オイシックス・ラ・大地、マネ―フォワードホーム 家事分担に関する意識調査」
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