お金を貯めることに執着した男性の後悔
田村正彦さん(仮名・66歳)は、昨年、勤続40年の会社を退職しました。手元には退職金の残りも含めた資産が約8,200万円。妻・雅代さん(同い年)と2人で年金生活(月24万円)を送っています。「生活が苦しい」と悩むシニアも多いなか、羨ましがられるような老後といえます。
しかし、正彦さんは力なく微笑みます。
「ここまで貯める必要はなかった。お金はあるのに、もう使う元気がないんです」
「貧乏を見てきたから、怖かった」
正彦さんが貯金体質になったのは、幼少期の体験が大きく影響しています。父親は中小企業の営業職で、リストラと転職を繰り返していました。給与が不安定なため、母親はいつも「今月も赤字だよ」とため息をついていたそうです。
「母が財布をのぞいては頭を抱える姿を見て育った。だからお金がなくなるということに、異常なくらいの恐怖心がありましたね」
高校時代から新聞配達や工場の夜勤アルバイトをし、手にしたお金は一円も無駄にしませんでした。大学進学も地元の国公立。仕送りを断り、授業料も自分で工面したといいます。
節約が「生活のルール」になっていた
就職後も、その性格は変わりません。会社から1時間半も離れた場所に家賃3万円台の木造アパートを借り、昼はおにぎり、夜は自炊。交際費を抑えるために同僚との飲み会もほとんど参加しませんでした。
30歳で結婚したとき、雅代さんはそんな正彦さんの倹約ぶりに驚いたといいます。
「電気をつけっぱなしにしただけで“もったいない”って言うの。でも、浪費家よりはマシかなって。子どもの教育費はケチらないことを約束して、あとは家計管理から何から任せることにしたんです」
雅代さんのいうとおり、夫婦の家計管理は正彦さんが担当。毎月の生活費を細かく記録し、1円単位で帳簿をつけるのが日課でした。雅代さんは自分のパート代の一部を小遣いとして受け取っていましたが、それ以外の支出は都度報告していたといいます。
2人の間には男の子が1人。約束通り教育費だけは惜しまず出しましたが、それ以外は節約の日々。外食やレジャーを避ける正彦さんに、雅代さんは不満を募らせていました。
「思い出って多少のお金と引き換えで作るものだと思うんですよ。貯めるばっかりで何が楽しいのかなって。でも、現実的に離婚も難しかったですし、諦めていました。今でも息子はかわいそうだったなと思います」
