会社の有給〈取得後は周囲にお礼〉〈連続取得不可〉…日本企業の「謎文化」がはらむ、恐るべき法的リスク【特定社労士が解説】

会社の有給〈取得後は周囲にお礼〉〈連続取得不可〉…日本企業の「謎文化」がはらむ、恐るべき法的リスク【特定社労士が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

「申請理由の申告必須」「申請は1ヵ月前に」「3日以上の連続有給はタブー」「有給取得後は部署内のメンバー全員にお礼をして回る」…いまだ多くの企業でこのようなルールや文化が残っているようです。しかし、これらのルールや文化は、企業の決まりやしきたりとして片づけられるものではなく、重大な法違反となるリスクもあります。しかし、働き方改革が進み、「年5日の有給取得義務化」が施行されてからも、現場では“形だけの制度”に留まっているケースが少なくありません。本記事では、企業でありがちな4つの「やってはいけない有給ルール」を、特定社会保険労務士の山本達矢氏が、法律と労務管理の観点から解説します。

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有給休暇の理由記載を求めるのは「プライバシー侵害」「違法命令」

「私用のため」「体調不良」「身内の看病」「旅行」…。有給申請書に「理由」を書く欄がある企業は少なくありません。しかし、年次有給休暇の取得に理由は不要です。労働基準法第39条は、「労働者の請求する時季に与えなければならない」と明記しています。この請求に際して、労働者が休暇の目的を開示する義務はありません。

 

仮に企業が理由を求め、その内容をもとに「それなら認めない」と判断した場合、企業側が法違反となり最悪の場合、罰則が適用される可能性があります(6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金刑)。

 

また「どこへ行くの?」「用事ってなに?」といった質問も、個人のプライバシーに踏み込む恐れがあり、パワハラに発展しかねません。一方で、申請書に理由欄を設けること自体は問題ありません。労働者が任意で記載する分には差し支えないということです。理由欄を設ける場合でも「任意記載」「空欄可」と明記することが望まれます。管理のためという名目であっても、実質的に記入を強制していれば、違法と判断される可能性がある点に注意が必要です。

「1ヵ月前申請」を求めるなら、合理的な理由が必要

「有給休暇は〇日前までに申請」と定める企業も多いですが、これも注意が必要です。申請期限を企業が設定するのは違法ではありませんが、申請期限を定めていても、それだけを理由に有給休暇の取得を一律に拒否することはできません。1ヵ月前という期限を設定する場合、その期間に合理的な理由が必要となります。

 

たとえば「他の従業員との業務調整にどれくらいの時間がかかるか」「店舗の営業時間に支障が出ないようシフト調整にどれくらい期間を要するか」という有給休暇の準備期間から算出されるものです。

 

もし企業の準備期間に1ヵ月も必要でなければ、合理的な理由がないと判断される可能性があります。基本、有給休暇は従業員が希望する時季に取得できるのが原則。企業が申請時期を制限できるのは「業務の正常な運営を妨げる場合」に限られます。

 

同じ店舗で一斉に有給申請がありお店の開店ができない。特定のスキルを持つ複数の従業員が同じ日に申請をして業務が止まる場合などは有給取得日の変更(時季変更権)ができる可能性があるものの、「繁忙期でもないのに1ヵ月前申請を強制」「直前申請は一律却下」などは、単なる会社側の都合であり、労働者の権利を不当に制限することになります。

 

シフト作成や人員調整のために「なるべく早めに申請してください」と協力要請の範囲にとどめるなどルールの見直しが必要なケースがあります。

有給取得前後にお礼…「感謝の強要」がハラスメントに?

日本企業特有の慣習のひとつに、「有給前後に上司や同僚へお礼を言う文化」があります。

 

「明日は有給を頂戴いたします!」

「有給をいただきありがとうございました」

「ご迷惑をおかけしました」

 

といった言葉が“常識”のように扱われる職場もあるでしょう。なかには経営者や上司に向けた「お礼のお手紙」の提出が暗黙の義務になっている企業もあります。筆者もサラリーマン時代に、上司から「有給取得したら周りにお礼をするのがマナーだろ!!」と叱責を受けたこともありました。

 

しかし、有給休暇は労働者の正当な権利であり「恩恵」ではありません。権利行使に対して“感謝”を強要することは、パワーハラスメントや同調圧力の温床となります。本来、有給休暇は“企業から与えられる権利”ではなく、“法律上、当然に発生する権利”です。

 

上司や同僚が「みんな我慢してるのに」「自分だけ休むなんて」といった発言をするのも、有給取得の阻害やハラスメントに抵触する恐れがあります。

 

感謝の言葉自体は人間関係を円滑にする上で悪いことではありませんが、それが「言わないと評価が下がる」「気まずくなる」ような職場風土は、法的にはもちろん、組織運営上も非常にリスクが高いといえます。

「3日以上連続取得禁止」…最も典型的なNGルール

「有給休暇は原則1日ずつ」「3日以上の連続取得は禁止」このルールもまた、法律上に問題となるルールです。労働基準法第39条では、有給休暇の連続取得日数を制限する規定は存在しません。原則、労働者は希望する時季(時期ではなく)に、希望する日数を連続で取得することができます。

 

もし企業が「3日以上は業務に支障が出る」と主張する場合、それを根拠に時季変更権を行使することは可能ですが、その場合も「客観的な業務上の必要性」が立証できなければ認められません。

 

2019年の法改正(年5日取得義務化)以降、有給休暇の管理やルールは監督署の調査でも重点確認項目に挙げられます。単に「慣例だから」「みんなそうしているから」という理由で謎の企業ルールで有給取得を制限している場合、労働基準法違反として労働基準監督署から是正指導を受けるリスクもあります。

ルールよりも「文化」を変えよう

有給休暇の本質は「労働者の心身の健康を回復するための休息の権利」です。それを“恩恵”や“ご厚意”として扱う文化が残る限り、どんなに制度を整えても、本当の意味での「働きやすさ」は実現しません。

 

企業に求められるのは、単に法律を守ることだけではありません。「休みやすい雰囲気」をつくる――これが、法令遵守と同じくらい重要です。

 

もし、自社の有給ルールが上記のような内容に当てはまる場合、まずは「なぜそのルールが存在するのか」を見直すことが第一歩です。業務調整の都合であれば、シフト体制や引継ぎフローを改善する。文化的な問題であれば、管理職教育や人事制度の見直しを行う。

 

有給休暇は、企業と労働者が対立するテーマではありません。「安心して休める職場」は、結局のところ“生産性の高い職場”につながります。この視点をもって、職場のルールを一度、棚卸してみてはいかがでしょうか。

 

 

山本 達矢
社会保険労務士法人WILL
代表社労士
特定社会保険労務士

 

 

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