定年退職の翌日、まさかの一言に「ウソだろ」
「離婚してください」
妻・恵美子さん(63歳)の一言は、吉井正さん(65歳)にはまるで別の言語のように聞こえました。
前日、長年勤めた会社を退職して帰宅したときの「おつかれさまでした」のねぎらいの言葉、豪華な食事とケーキ、食卓に飾られた花束。あれは夢だったのか……?
恵美子さんの表情は穏やかでしたが、その目は揺るぎなく、真剣そのものです。
「あなたは何も気づいていなかったのね。私はもうずっと、あなたとの生活をやめたいと思っていました。結婚生活30年以上、本当によく頑張ったと思う。でも、もう無理。あなたが毎日家にいる生活は、とても耐えられません」
正さんは愕然としました。長年夫婦として生活し、子どもを育て、平和な家庭を築いてきたはずが、そんな感情を抱いていたというのか――。妻に暴言を吐いたことも、家を顧みなかったこともないはず。真面目に働き、年金も貯蓄も用意したのに……。正さんにとって、まさに青天の霹靂でした。
妻の告白:耐えがたき生理的嫌悪
一方、妻の恵美子さんはこう語ります。
「私たち、お見合いで結婚したんです。当時は結婚するのが当たり前でしたし、恋愛結婚じゃなくても一緒にいれば、お互いを尊重し合えるパートナーになれるんじゃないか。そう思っていました。ですが、早い段階でそれは無理だと悟りました」
たとえば、食事の時。正さんの咀嚼(そしゃく)音やクチャクチャ音、食後に「シーシー」と音を立てて歯をほじる癖。トイレの使い方も、何度注意しても直らなかったといいます。
「いつか慣れると思ったんですが、むしろ年を取るごとに生理的に無理になってしまって。『子どもを育て上げたら離婚しよう』って、ずっと考えていました。だから私、ひそかに『離婚積立』をしていたんです」
