「この家から出ていってくれ」
1週間後、幹夫さんは慎一さんにこう告げました。
「悪いけど、この家から出ていってくれ。もう一緒には暮らせない。俺は俺で、最後は静かに暮らしたい」
実家の名義は幹夫さんであり、慎一さんの居住は“親の厚意によるもの”という扱いでした。法的に明確な権利があるわけではなく、幹夫さんが「出ていってほしい」と告げれば、それに逆らうのは難しい立場でした。
しかし、現実問題として、慎一さんには貯金も住まいも仕事もなく、家を出た後の生活の見通しが立たないのも事実です。
このような「高齢親子」の同居問題は、近年ますます顕在化しています。特に子どもが無職・非正規である場合、生活保護の申請も「同居親族の扶養義務」によって却下されることがあるため、支援の網からも漏れがちです。
また、高齢の親が亡くなった後、実家を相続できない(=居住権がない)子が突然“住まいを失う”ケースもあり、親の生前から「住まいと生活費」の話し合いが不可欠です。
もし、親と同居を続ける意志があるのであれば、遺言や家族信託、不動産の共有名義化などの備えが必要です。
結局、慎一さんは数ヵ月後に実家を出て、福祉事務所の紹介でシェルターのような施設に一時的に入居しました。その後、福祉職員のサポートで簡易宿泊所を経て、生活保護の受給につながったといいます。
「父と絶縁したことが、いいことだったとは思いません。でも、あのとき何も言い返せなかったのは、どこかで自分でも、わかっていたんだと思います」
そう静かに語る慎一さんの表情には、10年間の“沈黙の意味”がにじんでいました。
