猛暑、関税、賃上げ懸念…景気の“悪材料”を吹き飛ばした二強『鬼滅の刃』『国宝』の経済効果【解説:エコノミスト宅森昭吉氏】

景気の予告信号灯としての身近なデータ(2025年9月9日)

猛暑、関税、賃上げ懸念…景気の“悪材料”を吹き飛ばした二強『鬼滅の刃』『国宝』の経済効果【解説:エコノミスト宅森昭吉氏】
(※画像はイメージです/PIXTA)

日本経済にいくつもの逆風が吹くなか、8月の景況感を力強く押し上げたのは、意外な救世主でした。内閣府が発表した8月の景気ウォッチャー調査で、他を圧倒するDI「75.0」を記録した『鬼滅の刃』の大ヒット。本稿では、最新の調査結果から日本経済のリアルをエコノミストの宅森昭吉氏が分析します。

DIは4ヵ月連続で上昇、景気は「持ち直し」の動きが継続

8月現状判断DIは46.7で4ヵ月連続上昇。先行き判断DIは47.5、こちらも4ヵ月連続の上昇。

 

8月の景気ウォッチャー調査で、現状判断DI(季節調整値)は46.7と7月から1.5ポイント上昇し、4ヵ月連続で上昇しました。1月の48.6以来7ヵ月ぶりの水準になりました。雇用関連DIは0.3ポイントとわずかに低下したものの、家計動向関連DIは1.5ポイント上昇、企業動向関連DIは2.5ポイント上昇しました。

 

先行き判断DI(季節調整値)は、前月差0.2ポイントとわずかですが上昇し、47.5になりました。こちらも4ヵ月連続の上昇です。雇用関連DIが低下したものの、家計動向関連DIと企業動向関連DIが上昇しました。

 

なお、原数値でみると、現状判断DIは前月差0.8ポイント上昇の46.3となり、先行き判断DIは前月差0.3ポイント低下の46.7になりました。

 

8月の調査結果に示された景気ウォッチャーの見方に関する内閣府の判断は、現状に関しては「景気は、持ち直しの動きがみられる」と2ヵ月連続で同じ。また、先行きについても、「価格上昇や米国の通商政策の影響を懸念しつつも、持ち直しの動きが続くとみられる」とこちらも2ヵ月連続で同じになりました。

 

出所:内閣府
[図表1]景気ウォッチャー調査(25年7月・8月)・季節調整値 出所:内閣府

 

8月の業種ごとの現状判断DIをみると、百貨店が景気判断で「良」超になる分岐点の50を上回りました。8月の大手百貨店4社の売上高・前年同月比の単純平均は+4.8%で7月の▲4.6%減少から増加に転じていることと整合的です。また、旅行・交通関連も分岐点の50を上回りました。

 

出所:内閣府
[図表2]内閣府:景気ウォッチャー調査:分野・業種別景気現状判断(方向性/原数値) 出所:内閣府

沖縄は5ヵ月連続、東京都は5ヵ月ぶりに50超え

地域別の8月現状判断DIで、沖縄が5ヵ月連続で50超。東京都は5ヵ月ぶりの50超に。

 

地域別にみた8月の現状判断DIでは、沖縄が54.5と5ヵ月連続で景気判断の分岐点の50超。また、南関東の中に含まれる東京都が51.3と5ヵ月ぶりの50超になりました。

 

一方、沖縄の先行き判断DIは59.4と3ヵ月ぶりに60.0割れになりましたが、21年9月以降4年連続50超が続いています。「大型レジャー施設の開業などで沖縄に注目が集まっている。また、大阪・関西万博が10月に閉幕することから、それ以降はさらに沖縄への観光需要が高まるとみている」という沖縄・その他専門店[書籍]・部長のコメントがありました。

 

出所:内閣府
[図表3]景気ウォッチャー調査:地域別景気の現状判断DI(方向性)季節調整値 出所:内閣府

物価DI、現状判断は改善も先行きには懸念の声

8月「価格or物価」関連現状判断DIは、40.4と2ヵ月ぶりに40台に上昇、コメント数は229名と4ヵ月連続減少で今年最少。

 

8月「価格or物価」関連現状判断DIは40.4と7月の39.2から1.2ポイント上昇し、2ヵ月ぶりの40台になりました。8月の現状判断コメント数は229名と4ヵ月連続減少し、今年最少に。「価格or物価」関連現状判断DIは依然景況感の下振れ要因ですが、DIの微増とコメント数の減少から影響は幾分軽微になっているようです。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より作成
[図表4]2023年1月~2025年8月調査:価格・物価関連コメント集計表 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より作成
(注)◎「良」、〇「やや良」、□「不変」、▲「やや悪」、×「悪」

 

8月「価格or物価」関連先行き判断DIは40.8で前月から0.8ポイント低下したものの、4ヵ月連続40台になりました。コメント数は348名で6ヵ月ぶりに増加しました。「気象条件がよかったこともあり現状は好調だが、続くことはないとみている。お盆が終わりイベントなども落ち着けば消費マインドも低下してくる。新米の価格高騰のニュースなどを聞くようになり、不安が一層高まっている」という、東北の一般小売店[酒]・経営者のコメントがありました。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より作成
[図表5]価格or物価関連・先行き判断コメント数とDIの推移 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より作成

日米合意による改善が一服、「関税」DIは再び悪化

8月調査「関税」関連DIは現状判断、先行き判断とも4ヵ月ぶりに低下。

 

トランプ大統領の関税政策に振り回される状況は続いていますが、7月23日(日本時間)の日米関税合意により7月の景気ウォッチャー調査では悪影響が幾分和らぎました。5月まで現状、先行きともに3ヵ月連続30台の低水準だった「関税」関連DIでしたが、7月は各々44.7、46.3と6月に続き2ヵ月連続で40台でした。

 

しかし反動もあり、8月の現状判断DIは44.2、先行き判断DIは43.7へと4ヵ月ぶりに低下。「米国の関税による影響が出てくる」という、近畿の化学工業・管理担当のコメントがありました。コメント数は4月の現状判断104名、先行き判断249名がピークで、8月は、現状判断39名、先行き判断は95名へと減少しました。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成
[図表6]2月調査~8月調査の「関税」関連判断DIの推移 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成

7月の好調から一転、8月は猛暑で「気温」関連DIが急落

8月の気温関連判断DIは41.7、猛暑関連判断DIは42.1と50割れ。

 

7月での「気温」関連判断DIは、現状判断が56.5、先行き判断が55.5と景気判断の分岐点50を上回っていましたが、8月での「気温」関連判断DIは、現状判断が41.7、先行き判断DIが49.2と景気判断の分岐点50を下回りました。厳しい猛暑が影響したようです。

 

「記録的な猛暑により、室内で涼しく遊ぶことができるボウリングが選ばれたのか、家族連れや若者でにぎわっている」という甲信越のその他レジャー施設[ボウリング場]・経営者のコメントに代表されるプラス面と、「猛暑により来場者数の動きが鈍化傾向にある」という九州のゴルフ場・従業員コメントに代表されるマイナス面からわかるように、「猛暑」を使ったコメントは景気に関して両面の影響があります。

 

「猛暑」関連現状判断DIが42.1、先行き判断DIが49.1とともに景気判断の分岐点50を下回っていることから、厳しい判断をした景気ウォッチャーのほうが多いことがわかります。

 

出所:内閣府データから筆者作成
[図表7]2025年6月~8月の気温関連DI、猛暑関連DI 出所:内閣府データから筆者作成

7月の落ち込みからV字回復、「インバウンド」DIは50超え

8月「外国人orインバウンド」関連判断DI、現状判断・先行き判断ともに7月の40台から50台に改善。

 

7月の「外国人orインバウンド」関連現状判断DIは43.3と前月から0.9ポイント低下、3ヵ月連続の40台。22年2月の31.3以来の低水準でした。7月に大地震が起こるとの風説なども影響したようです。7月の先行き判断DIは48.1に、前月から2.7ポイント低下し、23年10月49.9以来の40台になりました。22年4月の46.9以来の低水準と厳しい状況でした。

 

8月の「外国人orインバウンド」関連現状判断DIは56.0と前月から12.7ポイントと大きく上昇し、4ヵ月ぶりの50超になりました。

 

「インバウンドについてはコロナ禍からの回復が進むなか、ゴルフなどのアクティビティが浸透していることで、夏の北海道旅行に対するニーズが高まっている」という北海道の一般小売店[土産]・経営者のコメントがありました。8月の先行き判断DIは51.0、前月から2.9ポイント上昇し、2ヵ月ぶりの50超になりました。「外国人orインバウンド」が景気の下支え要因であるという状況に戻っています。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より作成
[図表8]外国人orインバウンド関連・現状判断コメント数とDIの推移 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より作成

「最低賃金」DIは50割れ、企業の負担増を背景に先行きは低調

8月「最低賃金」関連現状判断DI、先行き判断DIはどちらも50割れ。最低賃金引上げの購買力増強効果より企業の負担増を指摘する向きが多い。

 

8月の景気ウォッチャー調査で「実質賃金」関連現状判断DIを計算すると25.0になりました。8月「実質賃金」関連先行き判断DIは4ヵ月連続50.0。コメント数が少ない状況ということもありますが、先行き判断DIは実質賃金プラス化への期待感が微妙な状況であることを示唆している感じです。

 

8月「最低賃金」関連現状判断DIは43.2で、先行き判断DIは36.1になり、どちらも50割れに。調査期間が9月上旬に都道府県ごとの最低賃金の公表直前で関心は高まり、コメント数は2ケタになりました。

 

先行き判断では70名が「最低賃金」について触れました。「最低賃金引上げによる所得の増加が全国的に起こり、購買力の増加につながる」という、景気に関し前向きな四国の食料品製造業・商品統括のようなコメントがある一方で、「最低賃金の大幅なアップによる、中小企業の負担に対する不安の声が上がっているなど、人件費の負担増や物価上昇による影響が、少なからず出てくることが懸念される」という近畿の職業安定所・職員をはじめとした悲観的なコメントのほうが多い状況です。

 

出所:内閣府データから筆者作成
「図表9」2025年3月~8月の賃金関連DI 出所:内閣府データから筆者作成

「万博」DI、現状は初の50割れ

8月「万博」関連現状判断は初めて景気判断の分岐点の50を下回る。2~3ヵ月先の先行き判断DIは2ヵ月ぶりに50.0超に。

 

8月の「万博」関連現状判断DIは48.6、コメント数は36名。初めて景気判断の分岐点の50を下回りました。「大阪のレジャー施設は大阪・関西万博と競合関係にあり、その影響を受けている施設もあるため、全体的に勢いが弱い」という近畿の遊園地・経営者のコメントがありました。「万博」関連先行き判断DIは51.2、コメント数は41名でした。会期終了後が視野に入ってきたこともあり、コメント数はピークだった4月の60名から少なくなっています。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より作成
[図表10]24年11月~25年8月調査:「万博」関連コメント集計表 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より作成
(注)◎「良」、〇「やや良」、□「不変」、▲「やや悪」、×「悪」

「鬼滅の刃」大ヒット、“波及効果”でDIは75.0

8月末に映画興行収入ランキングの第3位になった『鬼滅の刃』などの影響で、8月の「映画」関連現状判断DIは75.0に。

 

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編・第一章・猗窩座再来』や『国宝』といった映画の好調な興行収入や観客動員数が話題です。8月末では、『鬼滅の刃』は映画興行収入ランキングの第3位になっています。

 

出所:興行通信社など
[図表11]映画興行収入ランキング 出所:興行通信社など
※背景で色がついているのは公開年賀2020年以降のアニメ

※2025年8月31日現在

 

8月の景気ウォッチャー調査では、「今月は、当館では映画館での複数の話題作が好調を維持しており、全体的に好影響を与え特需となっている。特に作品の関連グッズを取り扱う雑貨店舗や飲食店には明確に波及効果が出ているが、その一方で、店舗数の純減もあるため一概にはいえないものの、アパレル業種が前年を下回る推移である」と九州:その他小売の動向を把握できる者[ショッピングセンター]・支配人のコメントがありました。8月の「映画」関連現状判断DIは75.0になりました。

 

出所:内閣府データより作成
[画像12]景気ウォッチャー調査(2025年8月)主な要因別DI 出所:内閣府データより作成

 

※なお、本投稿は情報提供を目的としており、金融取引などを提案するものではありません。

 

 

宅森 昭吉(景気探検家・エコノミスト)

三井銀行で東京支店勤務後エコノミスト業務。さくら証券発足時にチーフエコノミスト。さくら投信投資顧問、三井住友アセットマネジメント、三井住友DSアセットマネジメントでもチーフエコノミスト。23年4月からフリー。景気探検家として活動。現在、ESPフォーキャスト調査委員会委員等。

 

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