「3,000万円の退職金は、どこに…?」
「…通帳、見せたほうがいいかな」
そう言って、父が引き出しから古びた通帳を差し出したとき、茂木啓介さん(仮名・56歳)は胸騒ぎを覚えました。
埼玉県に住む啓介さんは、都内で働く会社員。年に数回、実家のある千葉県を訪れていましたが、仕事の忙しさもあり、実家にはなかなか帰れず、今回は約2年ぶりの帰省でした。
「玄関先に置いてあった請求書の束が気になって、父に声をかけたんです。そしたら“お金のこと、ちょっと話しておこうか”って」
父・隆さん(仮名・83歳)は、地元の中小企業で40年以上勤め上げ、定年退職時には約3,000万円の退職金を受け取っていたはず。現在は月14万円の年金で暮らしていると聞いていたため、「預金はまだ1,000万円以上ある」と啓介さんは思っていました。
ところが通帳をめくると、残高は“数万円”。
「信じられませんでした。退職金の使い道も、母の介護費用も一通り済んでいたはずなんです。“まさか詐欺?”とまで考えました」
啓介さんが問い詰めると、隆さんは重い口を開きました。
「…知り合いに頼まれてな。事業がうまくいってないって。最初は50万円くらいだったのが、だんだん額が大きくなって…気づいたら止められなかった」
話を聞けば、投資詐欺とも言い切れない“個人的な貸し借り”。領収書も借用書も残っておらず、裁判で取り戻せる見込みもありません。
「家族にバレるのが怖くて、黙ってた。でも、もう限界だと思って…」
啓介さんはその場で絶句したといいます。
退職金の使途や管理については、制度的な制約はありません。一方で、高齢者の金銭管理については、近年「成年後見制度」や「家族信託」などの選択肢も注目されています。とくに判断力の低下が見られる高齢者に対しては、親族などが財産管理を支援する仕組みを早めに検討しておくことが勧められます。
高齢世代による金融資産の偏在は深刻です。日本総合研究所の試算によると、2024年6月末時点での家計金融資産(約2,212兆円)のうち、60歳以上が約1,400兆円、つまり6割以上を占めています。
その一方、特殊詐欺の被害者の7割以上が高齢者であるという警察庁の統計もあり、「見た目は元気でも、金銭判断にはリスクがある」ことが社会課題になっています。
