偽造・変造の危険性もはらむ自筆証書遺言書
そもそも遺言書を書く場合、自筆証書遺言書を選択される方が多いと思います。気軽に作成でき、コストもかからないからです。
しかし、筆者が相続対策のお手伝いをさせていただく場合、自筆証書遺言書ではなく、公正証書遺言書を必ず作成してもらうようにします。自筆証書遺言書は相続人がもめるもとになりかねないからです。
まず自筆証書遺言書の長所と短所を記載します。
◎長所
・自分で何度でも作成できる
・遺言書の作成を秘密にできる
・費用がかからない
◎短所
・遺言書に不備があれば無効になる
・偽造、変造、隠匿、破棄の危険性がある
・紛失のおそれがある
・相続人の立ち会いのもと、家庭裁判所の検認が必要
遺言書は定められた要件を満たさない限り有効になりません。遺言者氏名や住所、作成年月日や押印などについて規定があり、1つでも抜けがあると無効になります。
たしかに自筆証書遺言書は遺言者本人の自筆、捺印によって手軽に作成できますが、簡単につくれるというのは、偽造や変造などの危険性もはらむということです。たとえ偽造ではなくても、相続人の誰かが遺言の内容に不満を抱いた場合、偽造の可能性を故意に疑い始めるなどのトラブルの可能性もあります。
あるいは遺産の特定が十分でなかったり、遺産の分配についての指定が明確でない場合も同様、遺族の間でもめごとにつながりかねません。具体的にどんな財産があり、どの財産を誰にどの割合で渡すのかが明確に記載されていなければ、かえってトラブルの火種を残してしまいかねないのです。
よって自筆証書遺言書を作成する場合、定められた様式を備えた文章を用いて、十分な配慮をもって書いていただきたいと思います。残された家族が仲良くやっていくためにも、元気なうちにしっかりと考えながら、遺言書を作成されることをおすすめします。
想像以上に手間のかかる「検認」手続き
自筆証書遺言書が相続トラブルの火種になる最大の理由の一つは、短所の最後にある「検認」です。自筆証書遺言書が法律上の「遺言書」となるためには、家庭裁判所での「検認」という手続きが必要となります。この手続きが本当に大変なのです。
検認とは、家庭裁判所が相続人や利害関係者の立ち会いのもとで「遺言書」を開封し、その内容を確認することで、相続のトラブルを未然に防ぐ意味を持たせるための手続きのことをいいます。この検認にたどり着くまでには、次の手続きを進めなければなりません。
まず遺言書の発見者または保管者(以下、申立人という)が家庭裁判所に行き、「遺言書検認の家事審判申立書」をもらってきます。その書類に必要事項を記載すると同時に、申立人と相続人全員の戸籍謄本、遺言者の除籍謄本と原戸籍をそろえる必要があります。
それらの書類と相続人全員分の往復ハガキを持ち、家庭裁判所に提出しに行きます。家庭裁判所は、それらを確認のうえ、相続人全員に「遺言書検認」の日時を知らせる往復ハガキを郵送します。
その日時に相続人全員が家庭裁判所に集合し、そこで裁判所が全員に遺言者本人が自ら書いたものであるか否かの確認をし、異議がなければ「検認」は終了し、これでようやく遺言書として法律上の効力を持つようになるのです。
以上の流れをみて、まずほとんどの方は気分が重くなるのではないでしょうか。誰でも一生に一度あるかないかの慣れないことで行動するのは、精神的にも大変疲れるものです。
この検認の手続きの結果、相続人全員がハッピーになるのであれば、まだ苦労するやりがいはあるでしょう。しかし、相続人同士で利害が対立するのがわかっているなか、こうした行動をとる必要が生じた場合、果たしてスムーズに進むでしょうか。
検認の手続きは、あくまで相続人全員がかかわらなければなりません。誰か1人でも非協力的な人がいれば、たちまち手続きはストップしてしまいます。
自筆証書遺言書は、遺族にここまで大変な思いをさせたうえで、ようやく法的に認められるのです。税理士によっては、自筆証書遺言書は遺言書ではないと言い切る人もいるほどです。相続の手続きをスムーズにさせるはずの遺言書が、遺族のトラブルを引き起こすきっかけになるのであれば、自筆証書遺言書を残す意味は薄れてしまいます。
遺言書を作成する場合、できる限り自筆証書遺言書は避けたほうが賢明でしょう。それでも自筆証書遺言書を書かれる場合、こうしたデメリットも考慮に入れて準備をしてもらいたいと思います。
無効になることがない公正証書遺言書
このように、自筆証書遺言書は作成するのは簡単ですが、相続発生後、法的に認められるための手続きが大変です。いわば遺言書の作成の苦労を、後世に先送りしているといえるかもしれません。
自筆証書遺言書のデメリットを防ぎ、相続手続きをスムーズに進めるためにも、公正証書遺言書を作成してほしいと思います。
相続対策のお手伝いをする際、必ず公正証書遺言書を書いてもらうようにしています。相談をいただいた時点ですでに自筆証書遺言書を作成されていた場合、改めて公正証書遺言書をつくってもらうようにお願いしています。
自筆証書遺言書の短所である偽造などを補うのが公正証書遺言書です。遺言者は、公証役場で証人2人以上の立ち会いのもと、遺言内容を口述し、公証人に遺言書を作成してもらい、原本を公証役場で保管してもらいます。
公正証書遺言書は公証人が作成するため、無効になることがありません。したがって、相続手続きの際に銀行や法務局に公正証書遺言書を添付すれば問題なく受理されます。自筆証書遺言書に比べて、遺族の相続手続きが間違いなく円滑に運びます。
公正証書遺言書の長所と短所を以下に記載します。
◎長所
・公証人が作成するので無効になることはない
・偽造、変造、隠匿、破棄されるおそれがない
・文字が書けなくても作成できる
・病気の場合は、公証人に出張してもらえる
・家庭裁判所の検認は不要
◎短所
・他人に知られてしまう
・若干の手間と手数料が必要
これをみてもわかるように、公正証書遺言書は自筆証書遺言書の短所を補う長所があげられます。なかでも家庭裁判所による検認の手続きが不要である点は、遺族の方にとっては大変助かるのではないでしょうか。
とはいえ、公正証書遺言書にも短所はあります。立ち会いをする証人2人は相続に関係のない責任能力のある人を選ばなければなりません。ですので、遺言の内容が他人に知られることになります。ただし、信頼のできる税理士等に証人を頼めば秘密を守ることができます。加えて自筆証書遺言書は費用はかかりませんが、公正証書遺言書は若干の手間と手数料が必要です。しかし残された人の苦労を思えば目をつぶれるのではないでしょうか。
公正証書遺言書の作成の相談をする際、どの専門家にアドバイスを求めるでしょうか。一般には財産管理を代行する弁護士、高齢者のケアにあたるNPO法人などが間に入るケースが多いようです。あるいは信託銀行が遺言信託というサービスを提供し、遺言書の作成の助言から執行までの手続きを担うケースもあります。
しかし、筆者は相続対策を熟知した専門家、やはり税理士に遺言書の作成支援を依頼されるのがいいと思います。公正証書遺言書の作成の手続き自体は難しくはありませんが、遺産分割については相続税やその他の法律がからむからです。
筆者が遺言書の作成のアドバイスを求められた場合、まず相続財産の総額と内訳をすべて確認し、相続税がいくらかかるのかなどのシミュレーションを行います。そのうえで財産をどう分けるのかを遺言者と話し合い、相続発生時の申告を見据えた作成のアドバイスを行います。そして遺言者と公証役場に出向いたうえ、筆者自身も証人として遺言書の作成に立ち会います。
遺言書には法的効力のある事項が決められているため、それらを念頭に作成しなければなりません。本来は弁護士の業務ですが、相続に詳しい税理士などの専門家にアドバイスを求めながら作成されるのがいいでしょう。