なぜ「幸せとは何か」を見つめ直す必要があるのか?
相続を考えるうえで最も大切なことは、やはり家族について考えることだと思います。どんな税テクを使って節税できたとしても、家族が不幸になってしまう相続は、失敗といえるのではないでしょうか。
幸せには方程式があると思っています。たとえば高跳び選手のように、目の前にバーがあると考えてみてください。そのバーが高ければ高いほど、当然ながら飛び越えるのは難しくなります。これと同じく、幸せには「当たり前」という名のバーが存在していると考えることはできないでしょうか。その当たり前のバーが高ければ高いほど、私たちは幸せを感じにくくなるのです。
現在の日本では、ほとんどの地域に電気・ガス・水道が行き届き、当たり前のように何不自由なく生活できます。しかし、ひとたび災害が起きるとライフラインが寸断され、たちまち生活が混乱します。その後、ライフラインが復旧し、電気やガス、水道が使えたときの喜びは何物にも替えがたいでしょう。普段、当たり前に使っているものが当たり前でなくなったとき、初めてそのありがたさを実感できるのです。
生活のライフラインだけでなく、日々の生活のさまざまな場面で当たり前のバーが存在しています。このバーが高ければ高いほど幸せは実感できず、心には「不満」の感情が生じるようになります。反対に、このバーが低ければ低いほど、日常のいたる場面で幸せを感じ、「感謝」の念が生じてきます。幸せの反対語は不幸ですが、その間に「不満」があると思えば、当たり前のバーを下げて不満の芽を取り除き、日々を感謝の気持ちで埋めていくことが幸せの近道だといえるかもしれません。
幸せの度合いは、感謝の度合いでもあると思います。
「今日の私があるのは、支えてくれた人がいたから」
「私が多くを獲得できたのは、助けてくれた人がいたから」
「私が成長できたのは、見守り導いてくれた人がいたから」
こうして身近な人たちや、周りにいて見守ってくれている人たちに素直に感謝ができるほど、幸せの度合いが大きくなっていくのではないでしょうか。
こんな話が、相続と何の関係があるのかと思われるでしょう。しかし大いに関係するのです。相続問題で感情のもつれが起きた場合、気づかないうちに、相続人の誰もが当たり前のバーを高くしています。お互いが自分のバーを低くすることで、それぞれの不満が少なくなり、感情のもつれがほどけていきます。幸せな相続を迎えるためには、幸せとは何かを改めて見つめ直す必要があるということです。
すべての物事にはプラスとマイナスの側面があるように、お金や財産があることで起きる幸せがあれば、不幸もあります。であるならば、いかなる物事からもプラスの側面を引き出せる人間でありたいものです。そうやって物事からプラスのエネルギーを引き出せる考え方を伝承するのも相続の一つの役割であり、大きな意味では、人間の使命であるとも思っています。
次の世代に何を伝承するのか、その思いは人によってさまざまでしょう。ですが、少なくともいえるのは、私たち一人ひとりは社会の一員だということです。その一員なりに幸せを伝承していく役割があり、その幸せのために財産を使う発想を持つことが大切だと思います。
「親子の3つの幸せ」を実現すれば・・・
ところで、相続には「親子の3つの幸せ」という考え方もあります。まず親の幸せは、子どもの幸せを願った「与える幸せ」です。そして子どもの幸せは、与えてくれる親に感謝をする「もらう幸せ」であり、親の分まで自らの「役割(使命)を果たせる幸せ」です。この3つの幸せが1つになり、初めて相続対策が実を結ぶのです。
自分の使命を認識するのは難しいと思います。しかし親には親の使命があり、子には子の使命があるはずです。それを明確に認識しているかどうかは別にして、何らかの思いを心に秘めて人生を歩んできたはずです。
とりわけ子どもはその親の意志を引き継いで、親の分までその役割を果たせる幸せがあります。だからこそ親子のコミュニケーションを大切にしてください。子世代は親世代に、「お父さん(あるいはお母さん)はどんな人生を歩んできたの?」と。そして親世代は子世代に、「お父さん(あるいはお母さん)はこんな人生を歩んできたんだよ」と。
子どもは案外、親の人生を知らないものです。親から引き継いだ意志や財産を、子どもがその役割を果たすために使うことができれば素晴らしいのではないでしょうか。こうしてみていくと、家族にとって親子や兄弟間の人間関係をつくるのが一番の相続対策であることがわかってきます。
ほんの些細なことでかまいません。親と同居している子世代の方であれば、朝出会えば「おはよう」と挨拶し、夜寝る前は「おやすみ」と声をかける。親元を離れて住んでいる場合は、定期的に電話を入れるなどして親を気遣ってあげる。「親父、元気か」――このひと言が、親にとっていかに嬉しいか。子世代の人でも、自分の子どもが独立していれば、おわかりになるのではないでしょうか。
もちろん親子だけでなく、兄弟姉妹の関係についても同様です。お互いに家族を持って暮らすようになると、頻繁に連絡を取り合うのは難しくなりますが、盆休みや正月休みなどを利用して実家に帰省し、親を囲みながら兄弟姉妹も顔を合わせたいものです。
親子の関係を考えたとき、ぜひとも子世代の方にお伝えしたいことがあります。それは、相続対策のテクニックをいくら勉強しても、最終的に親が納得してくれない限り、何も前に進まないということです。反対にいえば、親さえ理解を示してくれれば、ほとんどの対策は可能です。
親が気持ちよく首を縦に振ってくれるためにどうすればいいか――それを考えるのが、子世代にとっての相続対策の一つといえるかもしれません。親というのは、親孝行をする子どもに財産を渡したいと思うものです。相続について考えることは、家族について考えることです。親子や兄弟間で良い関係が築けていれば、相続問題に発展することはほとんどありません。
お金を「生き金」として使う方法とは?
一方、税理士として相続問題に発展するケースをみていくと、親子や兄弟姉妹間のコミュニケーション不足が背景にある事例がほとんどです。その結果、兄弟姉妹の手切れ金のために、それぞれの法定相続分を主張し合うような状況は実に悲しいものがあります。
お金を使うのであれば、どうせなら死に金ではなく、生き金として使いたいものです。そこで一つ提案があります。
実家を継ぐことになっている長男の場合、他の兄弟姉妹やその子どもたちのお祝い事などで、通常のお祝い金よりも多めの金額(5割増しや倍額など)を包むのです。そうやって絆を強めるためにお金を使ってみるのはいかがでしょうか。
相続を機に家族が疎遠になったり断絶するのではなく、より絆を強めるきっかけにする――これこそが家族にとって一番の幸せといえるでしょう。
本連載では相続税の節税にも目を向けて展開してきましたが、ここで改めて強調したいことがあります。それは、相続とは財産だけでなく「心」を移転するということです。繰り返しになりますが、やはり最終的にはここに行き着くと思っています。
財産を継ぐ意識だけが先行するので、相続人同士で権利を主張し合い、感情がぶつかり、「争続」に発展してしまうのです。もちろん財産を継ぐのも相続の一部ですが、それ以上に親の心を継ぐ意識を一番に持てれば、相続人の心も一つになるはずです。
被相続人が生前に何を思い、残された家族にどうなってほしいと願っていたか。それは、子々孫々が末永く幸せであってほしいという願いであったはずです。相続とは、その親の願い、心を引き継ぐことにほかならないのです。