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馴染みの蕎麦屋で突然知らされた、常連客の死
最初に彼と会ったのは25年以上前のことだ。親が所有するビルに住み、可愛がられて育った彼は、外で働いた経験がほとんどなく、どこか少し浮世離れした男だった。誰にでも気さくで、10以上年の離れた私にも優しくしてくれた。
その彼の名を、ある夏の午後、馴染みの蕎麦屋で聞いた。
「……あいつも、死んじまったな」 大将のつぶやきに、耳の奥が急に冷たくなる。「Tさんじゃ……ないですよね?」大将は短くうなずいた。
「一人暮らしだったろ? 家の前にパトカーが停まって、警察が入っていったよ」
私は店を飛び出し、炎天下のなか彼の家まで走った。
彼の家は4階と5階が自宅、1〜3階はテナントで会社が入っている。汗だくで自宅のインターホンを何度も鳴らしたが、沈黙。1階のテナントのインターホンを鳴らしたら、事務員が玄関から顔を出した。
私は頭が混乱しているなか、「知人なのですが、オーナーさんになにかありましたか?」と聞く。
「お亡くなりになりました」との回答だった。
頭が真っ白になり、ぼんやりとしながらも店に戻ると、さっきまで晴れていた空から、タイミングを合わせたように雷鳴が轟いた。まるで彼の突然の死を、空が嘆いているかのようだった。店の誰もが、50代後半という早すぎる死を悼んだ。それだけ彼は、皆から愛される男だった。
「正しい説明」だけでは、人は動かないという現実
彼の父親が亡くなり、母親が施設に入り、昨年から彼は人生で初めての一人暮らしを始めることになった。私は専門家として、父親の相続手続き、母親の任意後見や遺言書を準備する必要性を、できるだけ平易に伝えたつもりだった。
だが、彼は動かなかった。長年の生活リズムを乱す新しい手間は、彼には面倒なことにしかみえなかったのだろう。私は彼になにもしてあげられなかった。正確にいえば、なにも進めてあげられなかった。そんな後悔が残った。
同時に、心の奥で自問する。私はどこかで「結婚していないおひとり様」を、無意識のうちに下にみる視線を向けていなかったか。そんなつもりはなくても、心の底の傾きは、案外簡単に見透かされる。結婚も独身も結果論に過ぎないのに、社会の風当たりは独身者に厳しいことがある。
