(※写真はイメージです/PIXTA)

「顧客の課題を解決する良いアイデアのはずが、収益化できない」多くの新規事業が陥るこの落とし穴は、「誰が、どのような予算で支払うのか」という『お財布』の視点が抜けていることが原因かもしれません。では、事業を成功させる『お財布』はどこにあるのでしょうか。本記事では、リクルートの事業開発部門所長として多様な新規事業開発に携わり、独立後もコンサルティングファームOmelette株式会社を創業し、多くの企業を支援している羽野仁彦氏による著書『9割の企業がはまってしまう 新規事業開発の落とし穴 』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集して、「スタディサプリ」が当初の苦戦から「お財布」を個人から学校法人へと転換して成功を収めた実例をもとに、新規事業構想における『お財布』の重要性とその見極め方について解説します。

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誰のどんな「お財布」が狙えるのかを考えてみる

新規事業の事業構想にあたって「不」の見極め、「課題」の設定に加えて「お財布」があるか、ということも重要です。「お財布」とは個人向けサービスであれば、その「不」に対して個人が消費可能な金額であり、法人向けサービスであれば、その「不」に使える法人の予算を指します。「誰がどのようなお財布からお金を出してくれるのか」ということが不明確なままでは、どんなに優れた新規事業アイデアも、立ち上げ当初から収益の見通しが立たず、うまく立ち上がりません。

 

この「お財布」問題は、新規事業のアイデアが明確になってきた場合に、次のステップに進めるかを見極めるための有効なチェックポイントになります。検討の結果、確かに「お財布」があると考えられるのであれば、事業計画の立案に進めることができます。

 

ただし、「お財布」がある場合でも、自社の既存事業が、その「お財布」から収益を上げていると、カニバリゼーション(自社競合)に陥ります。「お財布」が同じだということは、既存事業と近すぎるということであり、新規事業としては不適です。「お財布」がどこにあるかを振り返れば、カニバリゼーションのチェックもできます。

 

私がリクルート在籍中に担当した「スタディサプリ」という新規事業があります。この新規事業は、2011年の秋に事業構想されました。それからリクルートの主力事業の一つとして成長するまで約8年がかかりましたが、この新規事業は「お財布」の重要性を改めて教えてくれたプロジェクトでもありました。

 

この新規事業は、事業構想時点では「受験サプリ」という名称でした。オンラインで大学受験向けの教育コンテンツを提供する事業で、中学時代の総復習から高校での学習内容、大学受験対策まで、予備校の有名講師の英・数・国・理・社の全科目の授業を、定額の低料金で、いつでも好きなときに、好きな場所で受講できるというものです。

 

しかし、この新規事業はスタート当初、収益確保に苦戦しました。月額980円という価格設定でしたが、販売が思うように伸びません。当時のリクルートには、対象となる高校生の会員組織があり、この会員組織にターゲットを絞ってメール等でアプローチをしたのですが、まったく反応がありませんでした。半年で100人ほどしか申し込みがなく、売上はたったの月額9万8000円です。半年かけてこの数字ですから、事業は消滅一歩手前でした。

 

このままではまずいと、再度、事業構想段階に戻って出直すことになりました。その大きなきっかけが「お財布」のありかだったのです。「スタディサプリ」は、塾に通うスタイルとは異なり、個人で自発的に取り組む勉強ツールです。自分でスマートフォンに入れて、いつでもどこでも勉強できるようにするというものですから、勉強へのモチベーションの高い高校生向けのサービスでした。この新規事業が当初狙ったお財布は、各家庭が持っている塾に通わせるお金、もしくは高校生のお小遣いです。「いつか使うかもしれない、無駄になってもいい」というレベルのサービスは許容されず、入会率も低く、一方で使わなければ、すぐに退会されてしまい、収益が伸びませんでした。それが販売不振の要因だったのです。

 

「お財布」の変更のきっかけとなったのは、新規事業開発チームとは関係のない、学校法人向けの広告事業の営業担当でした。その営業担当者は、この新規事業に個人的に興味があるから自分の業務外の〝課外活動〟として学校法人に提案してみるよと言ってくれ、営業ルートの中にある高校に持ち込んでくれたのです。「受験サプリ」が想定していた利用者層は高校生本人だったのですが、学校の受験指導や教科担当の先生のところに持ち込んでみると、良い反応が得られました。

 

私立学校は学校間の合格実績の競争に勝つために、常に他校との差別化の材料を探していました。当時はGIGAスクール構想が開始されており、各校ともタブレットの導入などに大きな費用を割いていたのですが、配信コンテンツが不足していました。ここに新たな「不」が発見されました。

 

さらに当時の高校には共通した悩みがありました。在校生徒の学力にバラツキが大きく、また個人でも得意科目と不得意科目に大きな実力差があって、学習指導要領に沿った授業をしても、一方にはついていけない生徒、もう一方にはもっと先を学びたい生徒がいて、どちらも満足させられないという状況で、一人ひとりに合わせた学習サポートができないという「不」がありました。

 

そこで、生徒が持つタブレットにスタディサプリを導入すれば、メニューが豊富で、しかも個人用の学習ツールですから一人ひとりが必要とする講義を受講することができます。先生はスタディサプリのメニューから、生徒一人ひとりに、「この科目が弱いから、この動画授業で勉強してみなさい」という指導ができるようになります。学習が遅れている生徒のために、教室でクラス全員を相手にもう一度その授業をすることはできません。しかしスタディサプリなら、当人だけに向けてその授業を行うことができます。このように、学校が持つ「不」を解消することができるスタディサプリを、学校全体に導入する提案に対して、学校側からも好反応を得られました。

 

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本連載は、2025年6月23日に刊行された羽野仁彦氏の著書『9割の企業がはまってしまう 新規事業開発の落とし穴 』(幻冬舎メディアコンサルティング)から一部抜粋・再編集したものです。

9割の企業がはまってしまう 新規事業開発の落とし穴

9割の企業がはまってしまう 新規事業開発の落とし穴

羽野 仁彦

幻冬舎メディアコンサルティング

新規事業開発の失敗には“型”がある! なぜ新規事業が頓挫してしまうのか? その“失敗の構造”を徹底解剖。 生成AIの登場に象徴される技術革新や不安定な世界情勢など、企業がおかれた経営環境は先行きを見通すことが…

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