関税交渉の現状と背景
◆日米交渉…自動車関税、最終的に15%「数量規制なし」で合意
日米間では、米国が当初検討していた25~35%の自動車関税が、最終的に15%で数量規制なしという形で合意されました(2025年7月22日発表)。
この合意は、日本経済に対する直接的な影響を軽減する内容となっています。石破茂首相は米国との対話を継続し、関税措置の長期的な影響を最小限に抑える姿勢を示しています。
さらに、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA、2020年7月発効)に基づく免税品目の継続も確認されており、日本企業の北米サプライチェーンへの影響は限定的と見られます。
◆米欧交渉…輸入品に対する15%の関税導入で合意、実質的な経済協力も
EUも米国と、輸入品に対する15%の関税導入で合意しました(2025年7月27日)。この合意には、エネルギーや防衛装備の購入拡大、対米投資の強化といった実質的な経済協力も含まれています。EUは報復関税の発動を見送り、米欧間の緊張緩和を図る結果となりました。
◆8月1日直前の急展開の背景に「狙い」と「意図」
こうした急速な合意に至った背景には、トランプ政権が直面する国内政治リスク(例:エプスタイン文書問題)から世論の関心をそらす狙いや、対中交渉を優先する意図があると考えられます。
5月28日には、米国際貿易裁判所が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく一部関税措置を違法と判断しましたが、翌29日には連邦控訴裁が一時的な差し止めを認め、関税措置は継続されました。このような司法の応酬が、関税政策の不透明感をいっそう強めています。
その他の主要国に対する対応
トランプ政権は2025年1月の再始動以降、対中・対メキシコ・対カナダなどへの関税強化を進めてきました。
◆対中国…累計で20%(自動車については45%)
2月4日に10%、3月4日にさらに10%の追加関税が課され、累計で20%(自動車については45%)となっています。一時は4月2日に125%という非常に高い関税が発表されましたが、7月29日に米中間で90日間の関税一時停止で合意され、10%へと引き下げられました。
◆対メキシコ・カナダ…両国からも関税等による対抗措置
3月4日から25%の関税が発動され(カナダ産のエネルギー資源やポタシュ=カリウム肥料原料は10%)、USMCAに基づく一部の免税措置は継続しています。カナダは報復として1,550億カナダドル相当の米国製品に25%の関税を課し、メキシコも関税や非関税措置で対抗しました。
自動車関税については4月2日まで免除されましたが、USMCAに準拠していない車両(例:BMW)は影響を受けました。7月31日には、メキシコへの追加関税の発動が90日間延長され、カナダに対しては関税率を25%から35%に引き上げる方針がホワイトハウスから発表されました。
◆その他の国々
【英国】5月8日に米英間で貿易協定が成立し、英国車10万台に10%の関税が課されることとなりました。
【インド】7月30日、米国はインドに対し25%の関税を課す方針を発表しました。これは、インドがロシアから石油や武器を購入していることに対して、米国が不満を抱いていることが背景にあるとみられます。
【韓国】15%の関税が課されることが明らかになっています。
為替市場への影響
関税政策は、為替市場にもさまざまな影響を及ぼしています。
◆米ドル…米国の労働市場の急速な悪化を受け急落
関税による物価上昇が連邦準備制度(FRB)の追加利下げの後ずれ観測を高め、ドルは短期的に堅調に推移していましたが、米国の労働市場の急速な悪化を受け急落、9月の利下げ観測が浮上するなど先行きの不透明感も強まっています。
ただ、トランプ関税の影響にフォーカスするならば、J.P. Morganによると、関税がもたらす消費者物価上昇は2025年後半に1.7%に達し、1世帯あたり約2,800ドルの負担増になると推計されています。今後、関税が経済成長を抑制するリスクもあり、中長期的にはドル安の可能性も否定できません。
◆円…日本の政局・米中間の交渉次第で急激な為替変動のリスクも
自動車関税が15%に抑えられたことで、最大35%の関税が想定された「極端な円安シナリオ」は回避されました。足元の円相場は比較的安定した円安傾向にありますが、日本の政局や米中間の交渉次第では急激な為替変動が起こるリスクもあり、注意が必要です。
◆ユーロ…短期的な急落リスクは後退も、ユーロ圏の成長率は低水準に
関税合意により短期的な急落リスクは後退しましたが、ユーロ圏の成長率は1.0%(IMF予測)にとどまっており、米国と比較して低水準です。
この成長率はアイルランドに拠点を置く多国籍企業による寄与が大きく、ユーロ圏全体の実体経済を正確に反映していないとの指摘もあります。J.P. Morganは2025年後半の成長率を0.9%と予測し、関税の間接的影響が重石になると分析しています。
今後の展望と日本企業への示唆
日米間の関税交渉は、一時的に貿易摩擦の激化を回避する形で合意に至りましたが、根本的な解決には至っていません。IEEPA違法判決(5月28日)や控訴審の動向など、関税政策を取り巻く不確実性は依然として高い状況です。2026年の中間選挙に向けた政治的動きも含め、今後の展開を注視する必要があります。
こうした環境下で、日本企業には以下の対応が求められます。
1.現地生産の強化:米国での生産体制を拡充することで、関税リスクの軽減が期待できます。
2.調達先の多角化:中国依存のサプライチェーンを見直し、東南アジアやインドへの移行を図る。
3.為替リスク管理の強化:為替の安定を前提とした収益計画の再構築や、金利・インフレの変動に対応した柔軟な経営判断が必要です。
まとめ…変化への迅速な対応と、通商動向への継続的な注視を
2025年8月時点における国際通商環境は、最悪のシナリオこそ回避されたものの、関税政策の先行きや地政学的リスク対する不透明感が残っています。為替市場も変動リスクを抱えており、J.P. Morganは関税が米国のGDP成長率を0.6~1.0%押し下げる可能性を指摘しています。
日本企業には、こうした変化に迅速かつ柔軟に対応する戦略と、通商動向への継続的な注視が求められます。
藤田 行生
SBI FXトレード株式会社
代表取締役社長
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