ファミリー経営者のライフサイクル
ファミリービジネスは、なぜファミリーの繋がりにこだわるのでしょうか。この問いに、発達心理学者のエリクソンによって提唱されたライフサイクル説が一つの示唆を与えてくれています。
ライフサイクル説は、人生を八つの段階に分け、各段階において克服するべき発達課題を提示しています。この概念は、特にファミリービジネスに限定していませんが、親が子を産み育むという親子関係にかかわる視点を内在しています。
ライフサイクルの最初の段階では、両親との基本的信頼を育むことが発達課題とされています。ファミリービジネスの場合に、現経営者が自分の子弟を後継者にしようと考える(もしくは、子弟が現経営者の事業を引き継ぐことを受入れる)根拠の一つが、この乳児期における基本的信頼にあるといえるかもしれません。
【図表 ライフサイクル漸成説】
人生の停滞感から「次世代を産み育む意識」が芽生える
次に、ライフサイクル説が提示している重要な視点が、中年期の発達課題である世代継承性という概念です。
同じく発達心理学者のレビンソンは、中年期を「中年の危機」という表現を用いて説明しています。人が生を受けてこの世に誕生し、折り返し地点を過ぎる頃、自己の将来展望を図る中で人生の停滞感を覚えはじめるとレビンソンは指摘しています。
つまり、自身が人生の中年期に差し掛かる頃、自分の代では達成できないものの存在を意識するようになるというのです。この中年期における課題に対して、先述のライフサイクル説では、次世代を産み育むという行為を通じて停滞感を克服して自己の心理的統合を図ることを指摘しています。
ここからは、自分の達成できなかったことを次の世代に託すことで自分の思いを実現して行こうとする意味が示唆されています。世代継承性の概念は、親子の「関係」の視点だけではなく、親から子への「継承」の視点を提供してくれています。
後継者を通じて「事業への夢や思い」の実現を図る
前回までの連載で説明してきた通り、ファミリービジネスは親から子へ事業承継されることが多い組織です。この世代継承性の概念は、特に中年期以降の現経営者が後継者への事業承継を志向し始める段階で参考にすることができます。経営者も一人の人間であり、経営者自身のライフサイクルが存在します。
若い時代にはすべて自分の代で成し遂げられると考えていても、経営者も時間の移り変わりの中で自分の老いを意識し、達成できないものを認識し始めます。いわば、経営者は自分の子弟(後継者)を通じて事業における夢や思いを実現しようとしているのかもしれません。
だからこそ、ファミリービジネスでは、長期にわたる承継プロセス(長期的な子弟に対する後継者教育)が正当化されているといえるのでしょう。このように、世代継承性という概念は、ファミリービジネスの事業承継を考える上で新たな知見を提供してくれる可能性があります。
<参考文献>
『働くひとのためのキャリア・デザイン』(金井壽宏、PHP研究所、2002年)
『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)
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Levinson, D. J. (1978). The Seasons of a Man’s Life. New York : The Sterling Lord Agency. (『ライフサイ クルの心理学(上)(下)』南博訳、講談社、1992年)
Lansberg, I. S. (1988). The Succession Conspiracy. Family Business Review, 1(2), 119-143.
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