「さっさとテーブルを片付けろ。昼飯は!?」
髪を切ってサッパリした博さんは、近隣の書店などをめぐり、自宅に戻ったのは昼過ぎだった。だが、ダイニングテーブルには朝食の食器がそのまま残っていた。
博さんはソファに腰かけると、洗濯機のある洗面スペースに向かって声をかけた。
「おい、さっさとテーブルを片付けろ。昼飯は!?」
ところが、室内は静まり返って反応がない。
「なにをやっているんだ…」
立ち上がって見に行くが、どこにも陽子さんの姿はなかった。
すると、博さんのスマホのLINE通知が鳴った。陽子さんからだった。
〈テーブルの上の書類、お願いします〉
メッセージはたったひと言。
不審に思った博さんがダイニングテーブルを見ると、テーブルの端に封をされていないA4の封筒があり、「離婚届」の文字が見えた。
「なんだ、これは…!」
博さんが乱暴に書類を抜き出すと、もう一枚の書類が床に落ちた。
落ちた書類を掴むと、それは「財産分与請求調停申立書」と書かれた書類のコピーだった。
「離婚してください。退職金も、貯金も、半分もらいます」
動揺した博さんが陽子さんに電話を掛けると、3コールで出た。そしてすぐ、陽子さんは用件を切り出した。
「離婚してください。退職金も貯金も、きっちり半分いただきます」
博さんは思わず血の気が引いた。
「どうして――!」
博さんと陽子さんのように、熟年離婚に至る夫婦は珍しくない。厚生労働省の『令和4年(2022)人口動態統計』によると、離婚17万9,099件のうち、同居期間20年以上の離婚は3.9万件と、離婚の4分の1弱は熟年離婚だ。子育てが終了し、仕事から引退した節目で、このような展開になるケースが多いのかもしれない。
