関税政策の混乱と市場の反応
4月初旬、トランプ大統領は中国、メキシコ、カナダに対する高関税(10~25%)の詳細を発表。直後、中国が報復関税を表明し、貿易摩擦懸念が再燃した。
4月9日には「トリプル安」(通貨、株、国債の同時売り)が発生し、ドル円は一時143円台(半年ぶりの円高水準)まで急落。米景気後退への警戒感とリスクオフ心理が円買いを誘発し、FRBの利下げ期待が高まりドル安圧力が増した。
しかし、トランプ政権が相互関税措置を90日間停止すると急遽表明したことでドル円は反発。この政策の急変が市場のボラティリティを増幅した。
FRBへの圧力と市場の不信感
4月21日~22日、トランプ氏はFRBのパウエル議長を「負け犬」と批判し、利下げを強く要求。議長解任の脅しも市場に波紋を広げ、再びトリプル安が発生した。ベッセント財務長官の進言を受け、トランプ氏は「解任しない」と軟化したが、市場はFRBの独立性への懸念から米国債が売られ、ドル安圧力が高まった。
ドル円は一時139円台後半まで下落。日米財務相会合を前に第2のプラザ合意(1985年9月22日にG5財務大臣・中央銀行総裁会議により発表された対米貿易黒字削減合意の通称)ともいわれる「マールアラーゴ合意」の思惑や米金融覇権の揺らぎが、ドル売り心理を強めた。
日米財務相会合と市場の動揺
4月25日、加藤財務大臣とベッセント米財務長官の会談が開催。会合前、円高圧力が強まりドル円は139円台に突入したが、本邦通貨当局は「為替水準に関する議論はなかった」と説明し、143円台を回復。
しかし、市場の疑心暗鬼は払拭されず、上値は重く145円を突破できていない(本稿出稿後の5月1日に145円を突破している)。
市場全体の動向
株、為替、債券市場は、トランプ氏の予測不可能な発言や政策変更に揺さぶられ、短期トレンドの形成が困難な状況が続いた。
ドル円は、円安要因(日米金利差拡大、米インフレ期待)と円高要因(リスクオフ、米景気懸念)が交錯。日米関税交渉の進展をめぐるヘッドラインに市場が一喜一憂する展開が続いている。
今後の注目点
トランプ政権の動向は以下のポイントに集約され、為替市場の先行きを左右する。
1. 関税政策と日米交渉
4月末の第2回日米関税交渉が注目されたが、トランプ政権が関税を維持・強化するか、市場の米国資産売却リスクを抑えるため軟化するかは依然不透明。日本への自動車関税や為替操作に関する発言は市場のボラティリティを高めるリスクがある。
「マールアラーゴ合意」など新協定の可能性は低いが、交渉進展次第でドル円が急変動する可能性は引き続き警戒が必要だ。
2. FRBへの介入と金融政策
トランプ氏のFRBへの圧力が続けば、中央銀行の独立性低下懸念からドル安圧力が強まる。パウエル議長の去就や利下げペースに関する発言が市場心理に影響を与える。4月30日~5月1日の日銀金融政策決定会合と同時に、5月6日~7日にFOMCを控えるFRBの動向も焦点。
米インフレ再燃による利下げ停止観測がドル高要因となる一方、リスクオフ心理が円高を誘発する可能性がある。
3. 貿易摩擦とリスクオフ
米中対立の激化や欧州との関税交渉の過程で、リスクオフによる円買い圧力が高まる可能性がある。中国の米国債売却観測や報復関税が市場の混乱を増幅するリスクにも引き続き警戒。
トランプ政権の関税政策が世界経済の減速懸念を強めれば、円の安全資産需要が再び高まるだろう。
4. トランプ氏のSNS発言
トランプ氏の突発的なSNS投稿が市場心理を揺さぶる。定性的要因の予測が難しく、短期的な相場変動リスクが高い。市場参加者の過剰反応や投機筋の動きが乱高下を助長する。
為替市場の見通し(2025年5月~年末)
2025年のドル円相場は、トランプ政権の不確実性から複数のシナリオが想定される。
1. レンジ相場シナリオ(現状はこの状況)
概要:トランプ政権の予測不可能な政策が続き、関税・為替政策の不安が持続。ドル円は上下に振れるが方向感が出にくい。
予測レンジ:年末140~150円
要因:米インフレ期待とFRBの利下げ停止がドルを下支え。日銀の金融正常化(年内利上げ観測)が円高圧力を維持。トランプ氏の関税政策のブレがボラティリティを高める。
影響:円安恩恵を受ける企業もあるが、輸入コスト上昇が家計を圧迫。短期的な視点でのトレード戦略が求められ、状況の変化に臨機応変に対応。
2. ドル高シナリオ(年初のメインシナリオだったが現在は後退)
概要:トランプ政権の減税や保護主義が米経済を短期的に押し上げ、ドル高が進む。
予測レンジ:年末150~160円
要因:米インフレ再燃、FRBの利下げ停止、日米金利差拡大。リスクオン心理がドル買いを後押し。
影響:輸出産業は収益改善だが、輸入物価高が家計を圧迫。ドル資産へのシフトへ回帰。
3. ドル安シナリオ(個人的には有力)
概要:関税政策が米景気後退を招き、リスクオフ心理が円買いを誘発。
予測レンジ:年末130~140円(トランプ大統領の関税政策により円高方向に予測修正)
要因:米中貿易摩擦激化、FRBの利下げ再開、円の安全資産需要。日銀の利上げが円高を後押し。日本に対する円安牽制BYトランプ政権。
影響:輸入企業や消費者には恩恵だが、輸出企業の収益悪化が懸念。ドル資産シフトの見直しが必要(ドル買いから円買いへ)。
結論
トランプ政権の保護主義と予測不可能性は、為替市場の不安定要因として今後も影響を及ぼす。日米交渉、FRBの動向、貿易摩擦、トランプ氏の発言が市場の焦点だ。
ドル円は短期的にはレンジ相場が予想されるが、米景気後退や貿易摩擦の激化が顕著になれば、ドル安・円高シナリオが現実味を帯びる。市場参加者は、ヘッドラインリスクに備え、柔軟な戦略を求められるだろう。
藤田 行生
SBI FXトレード株式会社
代表取締役社長
※ 本連載に記載された情報に関しては万全を期していますが、内容を保証するものではありません。また、本連載の内容は筆者の個人的な見解を示したものであり、筆者が所属する機関、組織、グループ等の意見を反映したものではありません。本連載の情報を利用した結果による損害、損失についても、筆者ならびに本連載制作関係者は一切の責任を負いません。投資の判断はご自身の責任でお願いいたします。