関税合戦の経緯…4月初旬から5月下旬
【4月初旬】「解放の日」と関税のエスカレーション
トランプ大統領は4月2日、米国経済の「解放の日」を宣言し、中国からの輸入品に対し最大145%の関税を課すと発表。これには、フェンタニル問題(医療用麻薬として使用される鎮痛剤)への対抗措置として2月に導入した20%の関税と、全輸入品に適用される10%の基本関税が含まれる。
中国は即座に報復し、米国製品に125%の関税を課すとともに、希少鉱物や半導体素材の輸出制限を強化。この応酬は、両国間の貿易をほぼ「封鎖」状態に追い込み、グローバルサプライチェーンに深刻な影響を与えるとして心配された。
米国の小売大手ウォルマートなどは、関税が、サプライチェーンの混乱により供給不足をもたらし、消費者物価を押し上げるリスクを警告し、消費者に与える悪影響への懸念が拡大。
【4月中旬~下旬】経済的痛みと市場の動揺
高関税は米中双方に打撃を与えた。米国では、輸入コストの上昇がインフレ圧力を高め、IMFは4月22日発表の「2025年世界経済見通し」において、世界経済の成長率見通しを2.8%(前回予想の3.3%)に下方修正し、関税の報復合戦による景気後退リスクを警告。
中国では、輸出減少が製造業に影響を及ぼし、4月のPMIは前月比-1.5ポイント低下の49.0となり、好不況の節目となる50を下回った。
一方、中国は第三国経由の迂回輸出で対抗し、米国への依存を軽減する動きを見せた(債券市場でも米国債券売却の噂が流れた)。
【5月中旬】90日間の関税休戦
5月12日、米中はスイス・ジュネーブでの交渉を経て、90日間の関税引き下げで合意。米国は中国製品への関税を145%から30%に、中国は米国製品への関税を125%から10%に引き下げ、中国は希少鉱物の輸出制限も緩和。
この「休戦」は、米国内の経済的圧力(消費者物価の上昇や企業の在庫問題)と中国の雇用危機(失業者が1,000万人増加するとベッセント米財務長官が発言)が背景にあり、双方が一時的な緊張緩和を求めた結果だと言う見方があった。
ベッセント財務長官は「誰も経済の分断を望んでいない」と強調し、さらなる交渉の継続を表明したことも市場の楽観を呼んだ。
【5月下旬】不透明感の再燃
休戦合意後も、米中の根本的な対立(貿易赤字、フェンタニル問題、技術覇権)は未解決のまま。予測不可能なトランプ大統領の言動や、中国の強硬な姿勢が市場の不確実性を高めた。
為替市場への影響…ドル円、先行きの不透明感からレンジ相場へ
【ドル円(USD/JPY)】
関税合戦の初期、米国の景気後退懸念やFRBの利下げ観測(2025年に2回以上の25bp利下げ予想)がドル安・円高を誘発し、ドル円は140円台前半まで下落。
5月の関税緩和後はリスクオンで148円65銭付近まで反発したが、日銀のタカ派姿勢(植田総裁のコンファレンスでの発言が利上げ期待を喚起)が円買いを支え、また米連邦裁判所の関税違法判断などで楽観に振れる場面もあったが、先行き不透明感から結局ドル円は140円台中盤で値動きが激しいながらもレンジ相場。
【ユーロドル(EUR/USD)】
米欧の関税合戦懸念からユーロは当初1.10台まで下落。5月の関税休戦と米英貿易協定の進展がユーロを1.14台まで押し上げたが、ECBのハト派スタンス(6月利下げ観測)がユーロの上値を抑制。
しかし、関税問題の不確実性から5月下旬は1.12~1.14のレンジで不安定ながらも結局はこちらもレンジ相場が続いた。
米中関税合戦の背景と影響…中国は米国離れが加速
トランプ政権は、米国の対中貿易赤字(2024年で2,633億ドル)やフェンタニル問題を理由に強硬姿勢を維持。中国は報復関税に加え、米国企業15社を「輸出管理コントロールリスト」に追加するなどで対抗。この報復合戦は以下のような影響を及ぼした。
【グローバル経済】
関税による貿易量の減少(米中間貿易は最大90%減の予測)がサプライチェーンを混乱させ、グローバル経済の予想成長率を押し下げ。
【米国】
消費者物価の上昇や雇用喪失が懸念され、米国の信用格付け低下リスクも浮上。実際、減税問題政策に端を発し、米国の財政懸念が意識されたタイミングで米国債は格下げされ(実際はいつ格下げがあってもおかしくない状況だった)、米国資産離れ懸念が増大。
【中国】
製造業の縮小と雇用危機が深刻化。政府は金融刺激策を打ち出し、輸出先の多様化を模索。米国離れが加速。
今後の見通し…ドル離れの影響を受け、中期的には130円台か
【短期的(6月)】
90日間の休戦期間は、米中の交渉進展次第。米国の6月雇用統計やCPIが軟調なら、FRBの利下げ期待が強まり、ドル安・円高圧力が継続(ドル円は140円割れの可能性)。
中国が米国の貿易赤字解消への譲歩を見せれば、関税は現状レベルを維持か、さらに低下する可能性があり、リスクオンでドル円は140円台後半、ユーロドルは1.15超えも視野に。
また、日銀の6月会合で植田総裁が5月の発言(日銀主催の国際コンファレンスでの発言)を踏襲し、タカ派姿勢が確認されれば、円買いが強まりドル円の下落リスクが高まるので今月の日銀政策決定会合と総裁会見には注目したい。
【中期的(2025年末)】
トランプ政権の財政拡大やインフレ圧力がドルを支える一方、財源の不透明さや米国の格下げの影響がドル安要因に。中国の景気減速(住宅市場の低迷や失業率の上昇)がサプライチェーンを混乱させドル離れを加速させる可能性。したがって、日米交渉が上手く妥結できても、ドル離れの影響を受けドル円は130円台への下落を引き続き予想。
ユーロドルは、ECBの緩和姿勢とドイツの財政拡大という材料の綱引きで、1.12~1.15のレンジを想定。
藤田 行生
SBI FXトレード株式会社
代表取締役社長
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