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「負動産」を持ち続けるデメリット
相続財産のなかに、資産価値が低いため「売るに売れない」「貸しても借り手がつかない」といった負動産があると、遺産分割時に相続人間で押し付け合い、分割協議がまとまらなくなることがあります。「争族」には、価値ある財産を奪い合うイメージがありますが、逆に、価値のない財産を押し付け合うことで揉めるパターンは多いのです。その結果、収拾がつかず、負担を公平に共同相続して「負動産の共有名義」に至ったり、あるいは一部の相続人が負動産を相続する羽目になったりして、管理や処分に頭を悩ますことになります。
負動産を持ち続けることのデメリットには、主に次のようなものがあります。
(1)管理のための費用負担や手間がかかる
⇒隣地に迷惑をかけないために、定期的な草木の剪定作業や状況確認が必要になる。
(2)毎年、固定資産税等がかかる
⇒固定資産税等の金銭的な負担と毎年支払う煩わしさが生じる。
(3)不法投棄、防犯、火災などに対する管理責任がある
⇒不法投棄がエスカレートしたり、不審火で火災が起きたりなどで周囲に迷惑がかかる。
(4)土地工作物責任(民法第717条)が生じる
⇒異常気象による台風や豪雨によって飛散や倒壊、倒木によって人身や財産に被害をもたらした場合は、土地工作物責任により損害賠償責任が生じる。
以上のデメリットは、負動産を所有する限りずっと続き、子どもが負動産を相続したあとは、これらの責任や負担が負動産を手放すまで、次は子どもにつきまとうことになります。
不動産の所有権は、簡単に手放せない
動産は不要なら廃棄できますが、不動産の所有権は、一度所有者になってしまうと簡単に手放すことはできません。不動産所有権を手放すには、売却、贈与、交換、寄付、引き取りなどの方法があります。しかし資産価値の低い負動産だと、売却や贈与、交換などの相手は簡単に見つからず、自治体などへの寄付も現実的には難しい状況です。そうなると、最近注目されている民間の「不動産引取サービス」も検討対象に入ってきます。
不動産引取サービスとは、いらない負動産を民間業者に有料で引き取ってもらうサービスです。手続きは簡単で、引取対象となる不動産の範囲が広く、現況のまま(境界未確定、荒廃した空き家付きなど)でも引き取ってもらえる場合もあります。
ただ、現時点で法規制が十分でないことから、不動産引取サービスにはさまざまな事業者が参入しているようです。
国土交通省が「不動産取引に係る新たなサービス形態」などについて議論した『第42回社会資本整備審議会産業分科会不動産部会(令和7年2月14日開催)』の公表資料によると、調査対象事業者のうち、宅地建物取引業免許を持つ事業者は約6割程度で、それ以外は「無」または「不明」となっています(※1、2)。
また、不動産引取サービスの利用料金は、「一式で約50万~500万円」であったり、「土地:一筆あたり約15万円~、建物(使える状態に限る):約70万円~」となっていたりと、金額にも幅があります。不動産は特定物であり個別性が高いので、複数の見積もりを取ったうえで比較して決める必要があるでしょう。
不動産引取サービス業者のなかには、誠実な業者がいる一方で、悪徳業者も存在するため、業者の選定には注意が必要です。
例えば、①引取料だけをもらって所有権移転登記をしない、②普通に売却可能な不動産でも高額な引取料を請求する、③名義変更しても適正な管理を行わない、④負動産の所有権を移した法人を採算悪化後に倒産させる、などが懸念されています。
※1 国土交通省 報道資料 2025年2月10日『第42回「社会資本整備審議会産業分科会不動産部会」を開催します』(https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo16_hh_000001_00089.html)
※2 国土交通省ホームページ 第42回不動産部会・配布資料『【資料2】不動産取引に係る新たなサービス形態について』(https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001864122.pdf)
国の有料引取サービス、「相続土地国庫帰属制度」
令和5年4月27日よりスタートした「相続土地国庫帰属制度」も、国が行う「有料引取サービス」の一つといえます。本制度が始まって約2年になりますが、法務省が公表している運用状況に関する統計(令和7年2月28日時点)では、申請件数は3,462件、取下げや審査中件数を除いた帰属承認率は、統計の公表開始以降、約90%以上を維持しています。
一方で、国庫帰属の対象外となる「本制度が使えない要件(却下要件、不承認要件)」が明確に定められているため、建物の解体撤去や土地の境界確定、山林の枝木伐採など、本申請に辿り着くまでに多額の費用が発生することもあります。また、申請手数料は1筆あたり14,000円で、帰属が承認されると10年分の管理費用として負担金(最低20万円~)が必要となります。
ただ、手続き上、申請窓口となる法務局への事前相談ができるため、申請要件を満たすか否か、満たしていない場合は何をどう補正すればよいか、負担金はいくらかなどについては、相談時に回答してもらえます。事前相談後、回答内容を吟味したうえで、本制度を利用するか否かを決めることができます。
ただし、お金をかけて申請にこぎつけても「不承認」はありえる
留意点として、事前相談での回答は、机上の資料(写真や申告内容など)に基づく法務局担当官の見解であって、申請前の段階で、法務局から承認の確約を得られることはないということです。
これまで筆者が受けた相談でも、「境界確定費用を支出するなら、申請前に法務局から承認の確約がほしい」という要望がありましたが、申請前に承認が確約されることはありません。なぜなら本制度の手続き上、本申請があってから書面調査~実地調査と進められ、関係各所(財務省、農林水産省など)と協議のうえで承認・不承認を決定することになるためです。法務局(法務省)の一存では決まらないのです。
そのため、事前に費用を掛けて境界確定して本申請しても、100%確実に国が引き取ってくれるわけではありません。事実、本申請後に約10%は何らかの理由で不承認となっているため、本申請に至るまでの費用負担の判断は、自己責任で行う必要があります。
それでも相続土地国庫帰属制度を利用する理由として多いのが、「引取り手が国だから安心」というものです。引き取り後は国有地として税金で管理されるため、所有者が変わっただけで管理がされていないといった事態は起こらず、手放したあとに近隣所有者からクレームが入ることもなく、完全に縁が切れるため、精神的に安心できるといわれています。
「負動産を手放せればそれでよい」という人もいますが、所有者の考え方次第です。本制度は有料での引き取りとなるため、売却や贈与、交換、寄付などが難しいときの最終手段として検討することになります。
平田 康人
行政書士平田総合法務事務所/不動産法務総研 代表
宅地建物取引士
国土交通大臣認定 公認不動産コンサルティングマスター