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投資対象は、株式・債券から「オルタナティブ」へ
オルタナティブは、株式や債券等の伝統的な資産を代替する運用対象として成長してきました。伝統的な資産への投資のパフォーマンスとは相関が低いという特性を持っています。今のように、株式市場や債券市場の値動きが荒く、安定した結果が見通せなくなったときにこそ「代替資産」として意味を持ちます。
ちなみに、伝統的資産運用に対する代替として、大きくは2つの考え方・手法があります。1つ目は運用対象とする「資産クラス」そのものが異なるという代替です。伝統的資産である株式や債券とは相関の低い資産を運用対象とすることで、分散投資の効果を享受できます。たとえば、プライベート資産等です。ただし、これらは流動性が高いとはいえない資産を多く含みますので、景気の変動が大きくなる場合や突発的なイベントの際には、流動性に注意をしたいところです。
2つ目は「運用戦略」が異なるという意味での代替です。伝統的戦略では対象資産を買い持ちするだけですが、オルタナティブな戦略では「売り持ち(ショート)」を併用する戦略を採用します。典型的な例がヘッジファンド戦略です。先物やオプション等を使って、価格が下落することから収益を得られるよう戦略を組み立てます。
通常、ボラティリティが上昇すると収益性が高くなる傾向がありますので、荒れた相場に活路を見出す戦略といえる部分はあります。ただ、コントロールは難しいです。そのため、今回のように山が高く谷も深い、行ったり来たりの相場が続くところには、パフォーマンスを注意してウオッチしていく必要があります。
筆者の関与する会社では、伝統的な資産とは異なる資産クラスへの運用に重点を置いており、今回の株式や為替の価格の急変動によって、運用戦略を変更する必要はないと考えています。
伝統的な資産の市場が良好な時期には、オルタナティブ投資は目立ちませんが、今回のように荒れた展開になると、がぜん注目度が増します。分散投資を極めるためにも、オルタナティブ投資は今後ますます投資家の間で広まっていくと考えています。
オルタナティブ投資にシフトした成功例
長期的に見ると、欧米のファミリーオフィスや大学基金は、伝統的資産への投資からオルタナティブ投資に軸足をシフトしてきています。
オルタナティブ投資へのシフトをいち早く進め、成功した例として、米名門大学のイエール大学(Yale University)がよく知られています。イエール大学の資産は1990年に、債券・米国株式・外国株式の合計で80%に達していました。つまり、伝統的な資産クラスがほとんどのウエイトを占めていたということです。
しかし、2020年になると、債券・米国株式・外国株式の割合は合計で30%にも達していません。かなり小さくなってしまったことが分かります。伝統的な資産クラスである債券や株式に取って代わった資産クラスがオルタナティブ資産です。2020年時点では、ポートフォリオの70%がオルタナティブ投資になっています。ここではオルタナティブ投資の対象である資産クラスの中身には触れませんが、後ほど解説します。
運用成績では、年率13.1%という驚異的な実績を残しました。そして、この30年間に基金の資産を約24倍に増やしたといわれています。この間、株式や債券での運用のパフォーマンスは悪かったわけではありませんが、同大学が持つ基金の運用が成功した鍵は、株式や債券ではなく、オルタナティブ投資にシフトしたことが大きな要因だったことが分かります。
資産クラス別では、高金利環境のなかでプライベートクレジットは引き続き需要が高い傾向が見られます。これまでは、いわゆるメザニンやディストレスのようなエクイティに近いクレジット投資をして、高いリターン(15%以上)を狙うファンドに人気がありました。しかし、今後世界的に景気がスローダウンするとのシナリオが有力となるなかで、シニアローンのようなデフォルト時にも優先的に資金回収がしやすく、利回りでは米ドル建てで年10~12%の水準で、相対的リスクの低いファンドが人気になってきています。
足元では、高金利水準の金融引き締め期間がピークアウトし、金利低下の期待が強まる時期であることから、AI等のテーマ的な投資熱は残るものの、株価の上昇が続いてきました。そのためマクロ的な観点から見れば、株式は割高であるとも考えられます。
いわゆるドルコスト平均法のいいところとしては、下落しても中長期に積み立てることで、長い目でみればプラスになることがある点が挙げられます。ただし、上昇相場が継続しているときにコツコツ積み立てることで取得平均単価は高くなり、急激な下落時には資金が大幅に下落します。株式の買いのみでは、こうした下落時に資金も同時に目減りしてしまうことになります。
2022年以降では、株式と債券の相関が高くなる局面が多いなか、伝統的資産の買いのみでは「せっかく利益を積み上げてきたにもかかわらず、大きく毀損してしまう」という事態も懸念されます。加えて、インフレ率も上昇している状況下では、現金の価値も目減りしていることになります。すなわち、伝統的資産の価格が下落しているときにクッションとしても有効なのがオルタナティブ投資であり、後述する絶対収益型のファンドなのです。
日本の機関投資家も、オルタナティブ投資へのシフトを開始
日本には年金基金、保険会社、銀行等、世界でも有数の機関投資家が存在します。そのため、日本はオルタナティブ投資の運用会社からも注目されてきた市場でした。日本の機関投資家は実際のところ、グローバルに見ても規模の大きい投資家です。米国債保有額で見ると国別では首位です。
日本の機関投資家は、伝統的な投資に関しては先進国を中心とする海外市場に精通しているといえます。日本の機関投資家もこうした経験を活かし、より広い領域で投資先を発掘することに積極的になりつつあります。日本の機関投資家は、意思決定プロセスが複雑な場合が多く、保守的な姿勢も目立ちます。加えて、オルタナティブ投資を扱う運用会社側の体制や運用戦略等の情報公開についても、消極的な部分があります。デューデリジェンスが課題となって、機関投資家が投資にコミットするまでに時間が掛かっています。
しかし、日本の機関投資家も、着実にオルタナティブ投資を手掛けるようになってきており、オルタナティブ投資へのシフトは起こりつつあります。
長谷川 建一
Wells Global Asset Management Limited, CEO最高経営責任者
国際金融ストラテジスト <在香港>
京都大学法学部卒・神戸大学経営学修士(MBA)