先代の影響力が残ると、次世代の経営幹部が育たない
政治や企業の世界では、先代実力者の引退とは名ばかりで、後継者に権限委譲がなされず先代が影響力を維持してしまうことがよくあります。このような先代の影響力の長期化は、後継者の成長に悪い影響を与えてしまいます。
企業内部では、後継者単独で重要な意思決定ができず、常に先代経営者の顔色を窺わなければ物事を進めていくことができなくなるかもしれません。社外でも、取引先や顧客等から実質的な権限は先代経営者にあると認識されてしまい、後継者単独では相手にされないこともあります。
また、先代経営者の関与の強さは、後継者の独創的な思考や行動を制御してしまう可能性があります。それだけではありません。後継者を支える次世代の経営幹部が育たない問題も生じてしまいます。先代世代が実権を保有している間は、次世代の経営幹部が経営の重要局面に参画できないことがよく起こります。結果として、後継者の右腕となる経営幹部が育たないことに繋がってしまうのです。
先代経営者に求められる役割は大きく三つ
他方、承継後の先代経営者の関与は、消極的な意味があるだけではありません。先代経営者の関わり方次第では、円滑な事業承継の実現にあたり積極的な意味が出てくるのです。以下、三つの役割について確認しておきましょう。
第一が、良き経験の伝承者としての役割です。先代経営者は、時代が異なるものの厳しい環境を生き抜いてきた先達です。次世代経営者は、承継プロセスを通じて、先達の叡智から学び、自らの経験不足を補っていくことが重要となります。
第二が、異質な価値観をぶつけ合う相手としての役割です。この役割は、本連載の第1回目の内容とも繋がります。先代世代の経験は、時代背景が異なるために決して現代でも万能なものではありません。また、後継者の発想は新しい反面、組織から受入れられない可能性もあります。次世代の新たな価値観と先代経営者の経験との相互作用がなされる場が形成されることで、企業変革の発露を組織にもたらしてくれる可能性があるのです。
第三が、経営の牽制者としての役割です。後継者が無茶な意思決定を行おうとした際に、先代経営者によって適正な経営を行うよう規律づけがなされることです。これは、承継後に後継者の経営上の暴走を防いでくれる可能性があります。
「先代のエネルギーの振り向け先」を検討することも必要
事業承継において、新旧世代間の経営に対するエネルギーを上手に調整することは重要な課題です。この課題に対して、過去の研究では先代経営者の経験や価値観に応じた事業承継後の関与の方法を示しています。
例えば、先代経営者が、技術的な支援者として会社の経営に関わっていく方法です。製造業では、技術者が創業経営者として会社を立ち上げ大きくしてきたような会社が多くあります。
先代経営者は、今度は経営の中心人物として事業に関わるのではなく、技術専門家として事業にかかわっていく方法です。この方法によって、先代経営者は事業に対して技術専門家としての新たな使命を見出せる可能性も高まります。事業承継後における先代経営者の新たなエネルギーの振り向け先を検討することは、スムーズな事業承継において必要なことなのです。
<参考文献>
『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)
Cadieux, L. (2007). Succession in Small and Medium-Sized Family Businesses: Toward a Typology of Predecessor Roles During and After Instatement of the Successor. Family Business Review, 20(2), 95-109.