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最低賃金が高額化すると、企業が「雇わない」選択をする懸念も
「経済には温かい心と冷たい頭脳が必要だ」というのが筆者の信条です。そんな筆者が書いた本稿は、もしかしたら「弱者を保護する政策」に反対しているかのような印象を与えるかもしれず、読者は筆者を冷たい人間だと思うかもしれません。
しかし、筆者は被災地に寄付をしたりしますし、心の温かい人間だと自負しています。子育ては、温かい心だけだと子どもを甘やかすことになり、子どもが立派に育たない可能性があるので、冷たい頭脳も必要です。それと似ているかもしれません。
最低賃金の引き上げが話題になっていますが、これは温かい心から出てくる政策だといえます。しかし、最低賃金が高くなりすぎると「それなら雇わない」という企業が増えることで失業者が増え、かえって労働者が困ることになるかもしれません。
貧しい人のため、狭い家の家賃を安くするという政策も温かい心から出てくるのでしょう。しかしそうなると、貸し手は「それなら金持ち向きの広い家を建てよう」と考えるので、狭い賃貸住宅が減ってしまい、貧しい人は家が借りられない、といったことにもなりかねません。
女性の重労働を禁止しよう、というのも温かい心から出てくる政策ですね。しかし、そうした政策が実行に移されると、企業が男性ばかり雇うことになり、女性の失業率が上がってしまうかもしれません。
女性のなかには「どうしてもお金がほしいから、時給が高い重労働を積極的に行いたい」という人もいるでしょうし、「男性ライバルより頑張って働いて出世競争を勝ち抜きたい」という人もいるでしょうが、そうした人々からすれば「余計なお世話」ですね。
弱者保護が「弱者全体の利益」になるとは限らない
筆者は、弱者保護を一律に否定するものではありません。弱者保護が弱者全体としてメリットになる場合も多いからです。そのあたりの状況をしっかり勘案して政策を立案すべきだ、といっているだけです。
たとえば最低賃金を10%引き上げた場合、雇用が20%減ってしまうのであれば、労働者全体の収入が激減してしまいますから、最低賃金は導入すべきではありません。しかし、最低賃金を10%引き上げても雇用が1%しか減らないのであれば、労働者全体としての所得は大きく増えますから、引き上げてもよいでしょう。1%の労働者は失業するでしょうが、その人たちには失業手当を手厚く支払ってあげればよいのですから。
狭い家の家賃を安く統制したとしても、今ある狭い家が取り壊されるわけではないでしょう。したがって、短期的には貧しい人にメリットがあります。貧しい人が困るのは、現存する狭い家が古くなって取り壊されるときですから、それまでに経済を成長させて貧しい人を減らす自信があるなら、試みる価値はありそうですね。
女性の重労働を禁止することで、短期的には女性の失業が増えるかもしれませんが、企業行動の変化を期待するという選択肢もあるでしょう。労働力希少(労働力不足と呼ぶ人が多い)の世の中であれば、企業は「女性を軽労働に使い、男性を重労働に使う」ようになるかもしれません。
そうなれば、女性の失業率は上がらないかもしれません。重労働の方が賃金が高い場合には、男性の方が所得が高くなってしまうという問題はありますが、賃金格差が小さければ、女性にとって悪い話ではないでしょう。
「行き過ぎた弱者保護」が皆を不幸にする可能性
過ぎたるは及ばざるが如し、といわれます。受験生が勉強するのはいいことですが、睡眠時間を削って勉強して体調を崩してしまうようなことは避けるべきでしょう。経済政策も同じです。やりすぎてはいけません。
失業者を保護するために、失業手当を増額するのは、温かい心から出てくる政策ですね。しかし、失業手当が高くなると、「苦労して働くよりも失業手当をもらって楽に暮らしたい」という人が増えてくるかもしれません。
そうなると、働いている人が払う雇用保険の保険料が値上がりするので、一層多くの人が働くのをやめて失業手当で暮らすようになるかもしれません。そうした悪循環が続くと、経済全体としての生産量が減り、国民全体が貧しい生活を強いられることにもなりかねません。
もうひとつ、弱者を保護するためには、強者に負担を強いることが必要ですが、それが行き過ぎると皆が貧しくなる可能性もあるので、要注意です。
たとえば末期がん患者を1日延命する薬が1億円だったとします。「貧しい人も長生きできるように」ということで健康保険で薬が使えるようになると、何が起きるでしょうか。
1億円というのは国民1人あたり1円ですから、1万人の末期がん患者を100日延命するために、国民1人あたり100万円の負担になります。そうなると、人々は消費を減らしますから、大不況が来て、全員が不幸になってしまうかもしれません。さすがに、そんな政策は採用できないでしょう。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義
経済評論家
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