2. 今から準備すべき具体的な法律的対応
(1)家族信託の活用
家族信託(民事信託)は、財産を家族に託し、将来にわたる財産管理の方針を定める制度です。この制度を活用することで、認知症の進行に備えた財産管理を行うことが可能になります(信託法3条)。
マミさんの場合ですと、マミさんとお父様との間で、以下のアからエの内容を盛り込んだ信託契約の締結をすることでお悩みを解消することができます。
ア:信託財産
会社の株式、自宅不動産や預貯金を信託財産とする。
イ:信託の目的
経営する会社における重要な意思決定を確保し、円滑な会社経営を実現させるとともに、家族が生活費や医療費を適切に確保し、余剰資金を資産運用する、
ウ:受託者(信託財産を管理運営する人)
マミさんを受託者とする。
エ:受益者(信託財産の運用により利益を受け取る人)
お父様を第一受益者(信託財産の運用により利益を受け取る人)、マミさんを第二受益者(お父様の死亡後に利益を受け取る人)とする。
注意点としては、信託契約は柔軟性が高い一方で、信託財産に不動産がある場合には登記手続が必要になるため、司法書士と連携が必要になるのみならず、税務面での影響があるため、税理士と連携することが不可欠です。
(2)公正証書遺言の作成
お父様が意思能力を保持している今のうちに、公正証書遺言を作成することが相続対策の第一歩です。公正証書遺言は、公証人が関与することで、作成時点での意思能力が確認されるため、後日争われる可能性が低い形式です(民法969条)ので、より手軽に遺言書が作成できる自筆証書遺言よりもおすすめいたします。
手続きの流れとしては、以下のアからエのとおりです。
ア:財産目録の作成
お父様が現在、所有する財産(不動産、預貯金、自社の株式、有価証券など)をリスト化し、相続対象となる財産を把握します。
イ:遺言内容の整理
どの財産を誰に相続又は遺贈するか、また特定の相続人への遺留分に配慮する内容を検討します(民法1028条)。気を付ける点としては、現時点と相続時点では、財産状況が変化している可能性があるため、遺言書に明記されていない一切の財産を誰かに相続又は遺贈することを記載しましょう。漏れがある場合、遺言書の対象とならない財産は遺産分割協議の対象となってしまいます。また、相続発生後に遺言内容を迅速かつ確実に実行できるように、遺言執行者を指名しておく必要があります(民法1006条)。
ウ:公証役場での遺言書の作成
公証人立会いのもと、遺言書を作成します。証人2名が必要です(民法969条1項1号)。
(3)後見制度の検討
ア:任意後見制度の活用
本人が十分な意思能力を保持しているうちに、あらかじめ、自ら信頼できる後見人を選定して、委託する事務(本人の生活、療養看護及び財産管理に関する事務)の内容を定めておき、本人の判断能力が不十分になった後に任意後見人がこれらの事務を本人に代わって行う制度(任意後見契約に関する法律)として、任意後見制度を利用することも考えられます。
マミさんのお父様が十分な意思能力を保持しているのであれば、お父様とマミさんとの間で、将来お父様の認知能力が低下した際に、お父様の生活、今後の療養看護及び財産管理について、マミさんに代理権を与える内容の契約を締結することができます。
任意後見制度は、個人の生活や財産管理を支援する制度であり、会社の経営に関する代理権は含まれません。この点に注意が必要です。マミさんの懸念しているお父様の会社経営に関してまで代理権を付与するものではないので、注意が必要です。また、本人の意思能力が低下した場合、家庭裁判所に対して任意後見監督人(任意後見人が適正に職務をこなしているか監督する人)の選任申立てをしなければなりません。
イ:法定後見制度の活用
本人の意思能力が低下している場合には家庭裁判所によって選任された後見人によって本人を法律的に支援する制度として、法定後見制度を利用することも考えられます。マミさんの場合は、お父様の意思能力の低下具合によって、成年後見、保佐、補助のどれかの制度を利用することになります。
3.トラブルを防ぐために意識すべき点
以上では、マミさんの場合どのような法律上の対策を取れるかご説明させていただきました。しかし、ここで得た知識を頭ごなしにお父様や家族に伝えたところで、うまくいくとは限りません。相続問題において重要なのは「勘定」のみならず、「感情」にもしっかり配慮する必要があります。そのためにも、以下の点を意識してみるのがよいでしょう。
(1)本人の意思を尊重する
財産管理や相続の話を切り出す際には、お父様の自尊心やプライドに配慮し、「支援する」立場を強調することが重要です。今後どのように生きていきたいのか、時間を掛けてライフプランニングを一緒に考えていきましょう。
(2)家族間の事前合意
お父様の了解を得られましたら、今度は、関係者である家族にも話を進めなければなりません。遺言書や信託契約を作成する際、専門家を交えた家族会議を開き、お父様のみならず、お母様やお兄様を含む家族全員に意見を求めるとともに、作成した内容を共有し、合意を得ることが重要です。これにより、相続開始後のトラブルを未然に防ぐことができます。
(3)専門家への早期相談
上記の点は、言うは易く行うは難しというように、知識がないとなかなか進めることは難しいものです。弁護士等の相続に特化したトラブル予防の専門家と連携することで、法的手続の漏れを防ぎ、最適な解決策を講じることができます。