「カルテル」と、ゲーム理論「囚人のジレンマ」に見る類似性
カルテルというのは、「売り手全員が、高く売ると約束する」行為です。独占禁止法で禁止されていますが、国際的には産油国がカルテルによって原油価格を吊り上げるといったことが頻繁に行われていますし、国内でも独占禁止法違反のカルテルがときどき摘発されるので、それなりの数が行われているのでしょう。
しかし実際には、カルテルは容易ではありません。「約束を破ることで多額の利益が得られるぞ」という悪魔の囁きが各参加者に届くからです。図表をご覧ください。
Aは考えます。
「Bが約束を守るかどうかわからないが、仮にBが約束を守るとした場合、わが社はどうすべきだろう。約束を破るべきだ。守れば儲かるが、破れば大儲けできるのだから」
さらにAは考えます。
「仮にBが約束を破るとした場合、わが社はどうすべきだろう。約束を破るべきだ。守れば損するが、破れば損せずにすむのだから」
「ということは、Bが約束を守ろうと破ろうと、わが社は約束を破るべきだ」
B社もまったく同じことを考えるので、カルテルは維持できず、両者とも約束を破ってカルテルは終わりになる、という場合が多いのです。
余談ですが、これは「ゲーム理論」における「囚人のジレンマ」と呼ばれる問題と同じです。囚人が「共犯者を裏切って自白し、自分だけ助かろう」と考えるけれども、共犯者も同じことを考えるので、2人とも重い刑になってしまう、という話です。
カルテルの相手は同業者…ビジネスが「今後も続く」と考えると?
しかし、カルテルを結ぶのは同業者であり、カルテルの相手は明日も明後日も同業者であり続けるわけです。それを考えると、別の結論も見えてきます。A社がB社に向かって、脅しをかけるのです。
「わが社は、今日は約束を守る。そして、御社が約束を守るか否かを見守る。御社が今日約束を守れば、わが社は明日も約束を守るが、御社が今日約束を破れば、わが社は明日から約束を破る」というわけですね。
B社としては、「今日だけのことを考えれば、約束を破ったほうが儲かるが、明日以降のことも考えれば、約束を守ったほうが得だ。今日は約束を守ろう」と考えて約束を守ることになるわけです。
家電量販店で「わが社は最安値を宣言します。わが社より安い店があれば、その店の値段で販売します」といった宣伝を見かけることがあります。客はそれを見て「素晴らしい。この店で買おう」と思うでしょうが、実はこれはライバル店への脅しなのです。
ライバル店のスパイがこの広告を見ると、「わかっているだろうな? お前が値下げをしたら俺も絶対値下げをするからな。なんといっても俺は客に宣言してしまったのだから、値下げしない選択肢はないんだぞ」と読めるわけです。それを知ったライバル店は、怖くて値下げなどできないですよね。
この広告の素晴らしいところは、カルテルの約束をしなくてよいということです。それなら独占禁止法に違反することはありませんから、公正取引委員会に目をつけられることもないでしょう。
素晴らしいアイデアなのですが、ほかの業界ではあまり見かけません。牛丼チェーンが安売り競争を繰り広げたことがありましたが、最安値宣言を出して安売り競争を止めようとした会社はありませんでした。
理由のひとつは「安売り競争によってラーメン業界から牛丼業界に客が流れ込んで来れば、両社ともに潤うかもしれないから」でしょうが、もうひとつは「家電量販店は扱っている商品がライバルと同じだが、牛丼はチェーン店ごとに味等が違うので、最安値か否かの比較が難しい」ということなのでしょうね。
それでもカルテルが破られる場合は「泥沼」に
離島に2つのガソリンスタンドがあるとします。カルテルを結んで(あるいは家電量販店のまねをして最安値宣言をして)大いに稼ごう、と考える経営者もいるでしょうが、安売り競争が際限なく続く可能性もあります。
ガソリンスタンドの費用には「固定費」と「変動費」があります。客が1人も来ないと、人件費等で赤字になりますが、その金額が固定費です。変動費は仕入れ値です。客が来ると、売値マイナス仕入れ値だけ儲かりますから、その儲けが固定費を上回ると黒字になる、というわけですね。
ライバルより1円安く売ることで客を奪えれば、売値マイナス仕入れ値だけ儲けが増えますから、1円値下げをするインセンティブを両社とも持っています。相手が値引きをすると客がすべて奪われてしまって固定費分だけ赤字になってしまうので、死活問題として値下げ合戦が続く可能性があります。理屈で考えれば、最後は仕入れ値プラス1円まで値下がりするかもしれないわけです。
もうひとつの可能性としては、力が強いほうが値下げ合戦を仕掛けて相手が倒産するのを待つ、という戦略をとるかもしれません。相手が倒産してしまえば、好きなだけ値上げできるようになりますから。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義
経済評論家
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