2|発展と安全:安全保障を「より突出した」位置づけに
米国など西側諸国との間で経済摩擦が深まるなか、経済発展や対外開放と安全保障をどのように両立させていくのかが中国にとって課題となっている。こうしたなか、今回の「決定」において、「発展と安全の統合を重視し(中略)国家安全保障を守ることをより突出した位置づけとした」(傍点筆者)ことを習総書記は明らかにした。安全保障強化の傾向は習政権の2期目から徐々に進んできたが、安全保障の観点を従来よりも重視する考えが改めて言明されたかたちだ。
対外的な安全保障に関して、制裁や干渉などに反撃するためのメカニズムや貿易リスクを防止・コントロールするメカニズムの整備等が「決定」では挙げられ、近年中国に対して強まる貿易・投資規制に対応するための制度整備を進める考えが示されている。
だが、安全保障を発展と両立させ、さらにはコミュニケでも謳われた「質の高い発展と高い水準の安全保障との相互促進を実現する」という好循環にまで昇華させることは容易ではない。今回のコミュニケでも対外開放を堅持する姿勢に変わりはみられなかったが、実情としては、産業高度化を進めるほど中国台頭に対する西側諸国の警戒が強まり、安全保障を強化するほど中国ビジネスへの警戒感が強まる、という矛盾が生じている。例えば、外資企業の対中投資額は、経済減速や為替変動等の影響もあるとは言え、23年以降顕著に落ち込んでいる(図表3)このためか、両立というよりは西側諸国からのデリスキングにかかわる方策が目立つ印象だ。例えば、「質の高い発展」や「イノベーション体制の整備」を改革の重点とし、「産業チェーン・サプライチェーンの強靭性・安全性向上の制度」や(イノベーションの)「新型挙国体制」、「『一帯一路』の質の高い共同建設を推進する仕組み」などを整備するとの方針からは、自国の産業競争力強化や新興国との対外連携強化を志向する姿勢が垣間見える。
もっとも、西側諸国との関係において、まったくの内向き姿勢というわけでもない。例えば、「決定」では「進んでハイスタンダードな国際貿易ルールに適応し、財産権の保護、産業補助、環境基準、労働保護、政府調達、EC、金融などの分野でルール、規制、管理、基準が相互適用できるようにし、透明で安定した予見可能な制度環境を整える」方針が示された。中国としては、ルール形成により積極的に関与することで自国に有利な環境を作るという目論見はあるものの、WTOを主とするマルチの貿易体制を維持する姿勢に変わりはないようだ。米国の姿勢は大統領選の結果により変わる可能性があるが、少なくとも欧州や日本などルールを重視する国・地域にとっては、こうした枠組みのもとで対話の糸口をつかむことができると思われる。
なお、安全保障に関しては、中国の場合、対外的な問題だけではなく、それと同等、あるいはそれ以上に国内の問題にも注意を払っている。例えば、習総書記がかつて提起した「総体的国家安全観」には、軍事や領有権といった伝統的な安全保障の領域のほか、政治や経済、文化、サイバー、資源、データなど広範な領域が含まれている。また、公表されている財政支出の規模をみると、国内の安全維持関連の支出は国防を上回る水準となっている(図表4)。こうしたなか、今回のコミュニケでは、「公共安全ガバナンスの仕組み」や「インターネット総合ガバナンス体系」の整備などが挙げられた。このほか、不動産や地方政府債務、中小金融機関といった金融リスクをはじめ、目下の安全を脅かす広範な諸課題についても言及されている。
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